回顧録。 | ギャン父、毒母からの解放。アラフォーからの自分生き直しブログ

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自分の言葉で自己表現し、今と未来をより良く生きていきたい。回復途上ですが相談援助のお仕事もしています。書くこと話すこと…対話を通して人生の課題と向き合うお手伝いがしたい。ゆっくりまったり生きづらさから回復しながら生きてゆくのもいいもんだ♪

ソーシャルワーカーこまりです。

メンタル少ししんどいですが
なんとかボチボチ暮らしています。

前は👆こういうことも考えないように、しんどくてもしんどいって言っちゃいけない、思ってもいけない、と必死でした。

今は
ちょっとづつ認めて
しんどい時をやり過ごしたり
またちょっと良くなったり
それを繰り返しながら
一日一日を過ごしていこうと思っています。
過去記事にも書いています。
しんどいを認める

障害者総合支援法は今年も結構大きな改正がありましたが、
その前の大きな改正は
2012年、丁度6年前になります。

計画相談支援が法定化されて
障害福祉分野でも
いよいよ本格的に
ケアマネジメントが始まる
(私の感覚ではやっと世間にも認められる!)
年でした。

何事も
初年度というのは混乱するもので
この年から3年間は
私にとってはとてもとても辛いものになりました。
自分の期待値と周囲の理解や合意は
相当なズレがあり
メンタルは2012年秋の時点で
かなり崩壊していたんだろうなあと思います。今となっては…。

今だからブログで書きますが
「明日が来なければいいのに」
とか
「私が死んでもだれも悲しんでもくれないかな。」
とか
「あそこの屋上から飛び降りてみようかな?」
とか
チラホラ考えていました。

でもそんな具体的な行動に移すこともできず
毎日夜中までネットサーフィンして
自殺した人の遺族のブログや手記を
ずっと読んでいました。

結局
前年度に社会人で入学した
大学院も
続けるのが難しくなり
退学してしまいました。

失敗経験、挫折経験と言えば
確かにそうなのですが

今となっては
これはこれで
良かったのではないかと思います。

当時大学院で
研究テーマに挙げていたのは
ケア会議について

人との連携や協働で
疲れ果てていた
私としては
このテーマに
取り組むエネルギーも意欲も持てなかった

私の限界は大きく超えていたのだと思います。

その後数年間は
大学院を退学したことは
私の中での大きな失敗、挫折でしかありませんでした。

ひょっとしたら
今も
やりきれなかった
という
不全感や挫折感を少し感じているのかもしれません。

でも、今こうやって言葉にして書くことができているのは
少し捉え方が違ってきたからかなあと思います。

確かに私は
研究や修士という学位を取ることには
「失敗」している。

けれども
今を生きているのです。

ソーシャルワーカーとして
認められること
立派になる事
目立つこと

そういう舞台には
もう、上がらない、と決めたのです。

スキルを磨かないとか
もう、努力をしないということではなくて
努力の方向性を変えた
ということです。