とある尼さんの誰にも言わないお話 -61ページ目
去年くらいから

大事な時の自分の言葉が

上擦りになってるような違和感が

大きくなっている



うわべを繕ってるつもりもなく

等身大の自分の気づきで

伝えようとしているけど


上手に

おもいを言葉にできないから

もう

自分のありのままで

わかってもらうしかない
と思うようになった


もともと

綺麗な言葉や

スマートな表現は苦手だから






目の前に立っている人が

こんな私の目でも

真っすぐ見つめてくれたら


飾らない
私の命の在り方

+少しの言葉を

捧げたいとおもう






お経って

お釈迦さまが手ずから

ご自筆で遺されたものは一筆もないのだけど


それってつまり
こういうことだったんだと思う




「おもい」は

「思い」で

「想い」だから

言葉だけで

頭の中にあるおもいを

表現しようとするのは

限界がある


特に
言葉使いが不得手な
私の場合

おもいに言葉を

‘当て嵌めていく’のは

本当に厳しい作業だ








お釈迦さまは

目の前の迷える衆生に

その場その場

その人その人に合った法を説かれた


優しく励ましたり

冷酷に突き放したり


救いを求める者に

ルーチンワークではない

生きた法を授けられた





結局

「面綬」とか

「対機説法」とか

導こうとする者が

その目の前の人に

いかに真剣に向き合うか

命懸けのやり取りが出来るか

ということなんだろう





相手の目を見て

その人を感じながら

冠の紐を結んであげる


解けないように

しっかりと






【一期一会】



初心に還る時期なのかな









南無釈迦牟尼佛