東日本大震災から4年。



早いような、長かったような。
もう4年かと感じるのか、まだ4年なのかと感じるのか。
遠い昔のように思うのか。昨日のように思うのか。
それぞれだと思います。



被災された方々に、あらためてお悔やみとお見舞いを申し上げます。





震災があったとき、私は職場にいて、15時にアップしなくてはいけないホームページの作業をしていました。



揺れが来る直前、座っていた椅子から突き上げるような衝撃が感じられたので違和感がありました。
そして、小刻みに揺れ始める下半身。



「ん、なんだ・・・?地震・・・?」



と思ったのもつかの間、今まで経験したことのない大きな揺れが起こり、思わず机に捕まる。

高層階にいるせいか、揺れが尋常じゃない。
しかも一向におさまる気配がない。



ちょ、ちょっと・・・、これ、ヤバいんじゃない!!?



当時は女性の多い部署にいまして、案の定、周りは半狂乱に陥っていました。そりゃそうですよね。

とりあえず、机の下に避難するようみんなに指示。



でも、私は周りの様子をうかがいながらも仕事を続けていました。



こういうとき(仕掛り中のとき)って、なぜか人間は妙に冷静になる。



本震も揺れがすごかったですが、その後、余震が続いていたのが本当にこわかった。



何度も本震と同じくらい(と感じられた)揺れていました。



ボロい建物だったので、壁に亀裂が入り、本棚から書籍が崩れ落ち、連結書庫(バカでかいヤツ)が倒れそうになり、止まない揺れに一瞬、脳裏に死がよぎりました。



特に上司や総務部からの指示はなかったのですが(館内放送のスピーカーが一時的に機能不全になったらしい)、他の部署からの呼び込みで、自主的に建物の外に避難することに。



私は15時に無事ホームページがアップできたことを確認した後、すぐ建物の外に出ました。



この間、ほんの15分ほどでしたが、ものすごく長く感じられました。



と同時に、仕事の緊張感というドーピングが解けたあと、ものすごい恐怖感に襲われ始めました。



携帯が繋がらない。



停電と断水。



家族は大丈夫だっただろうか。



これから一体どうなってしまうんだろう、と。





幸い、東京は物資調達や停電にそこまで大規模な影響はなく(計画停電はありましたが)、ほどなくして通常の生活に戻ることができましたが、あの震災があってからというもの、どんなに小さな地震であっても手に汗がにじむようになりました。



どんなに小さな地震であっても、地震があった瞬間、室内にいたらまず出口を探す、そしてドアを開ける癖がつきました。



バスタブの水は、抜かないでためておくようになりました。



そして、少量でも必ずペットボトル飲料の確保をしています。



本当は保存食も用意しておきたいのですけどね。

こちらについては物珍しいせいか、いざという時にテストをしておきたいせいか、単にどういう味か試したいせいか、結局欲に負けて食べてしまっています(笑)





人間は忘れる生き物。

それは悲しいことがあったときに精神が潰れてしまわないように人間に与えられた素晴らしい才能ですが、体に刻み込まれたものは意識をしていなくても消えない場合があります。



きっと、この経験は忘れてはいけない、と脳が訴えているのかもしれませんね。