左乳房8センチとリンパ転移3センチ
2021年8月3日、左乳房に癌がみつかりました。
まずは、私が躊躇していた乳癌検診を受けようと決心したときのきっかけを綴っておこうと思います。
半年間言えなかった深い悲しみに触れて
2021年6月中旬・・・1月に義従妹のクーちゃんが、高校生のひとり娘を残して子宮癌で亡くなっていたことを知りました。
従弟のヒロは、クーちゃんが天国に行ってしまったことがショックで、半年間、親戚に言えずにいたようです。
せめてお墓参りを!と連絡して、8月1日(日)ヒロの車でクーちゃんが眠る鎌倉に連れて行ってもらいました。
引き寄せ?それともめぐり合わせでしょうか・・・
普段は愛知県にいるヒロの弟のトモが、タイミングよく東京オリンピックのVIPアテンドボランティアで上京。
お墓参りの前日に「休みが取れたから、明日僕も一緒に行っていい?」と連絡をくれて・・・。
久々に?
いえいえ、いとこ3人だけで会うのは初めてという機会を得て、お墓参りのあと北鎌倉でゆっくり食事をしながら、クーちゃんを偲ぶことが出来ました。
このとき、ヒロが語るひと言、ひと言が私の心に響きました。
2年間に6人の身内を見送ったけれど・・・
2016年3月から2018年2月にかけての2年間に、義父母・伯父叔父(なんと同日)・父、祖母の6人の葬儀がありました。
義父母は二世帯住宅で同居していたので、短い期間ではありましたが介護の経験もあります。
2016年3月末に義母。
義母の納骨2週間後の7月に義父。
2017年、義父母の1周忌が終わったころに・・・
故郷岡崎の、父方の義伯父と義叔父が同日に亡くなり、同じ葬儀場の2階と3階の会場を行ったり来たり。
その1か月後から父が入退院を繰り返すようになって、その年の暮れに逝きました。
そして、さらに2か月後には母方の祖母が・・・102歳で老衰大往生。
いま思い返してみると、みな高齢者でした。
親を見送るのは子どもの務めと思っていた私は、その都度出来ることを真心を込めてやりました。
悲しい気持ちはもちろんあるけれど、それ以上に「しっかりやらなきゃ!」という想いの方が強かったようで・・・。
大切な人を亡くした悲しみの深さに、想いが至りませんでした。
そんな私にとって、クーちゃんがいなくなったヒロ家族の悲しみは、想像を超えていて・・・。
改めて『死』について考えさせられることとなったのです。
みんな言わないだけでいろいろあるよ!
北鎌倉からの帰り道、トモとふたりで湘南新宿ラインに乗りながらいろいろ話しました。
東京にいる私のところには、愛知県にいる親戚の体調不良の知らせはめったにありません。
私はみんな元気に暮らしていると信じていました。
そんな能天気な私に、トモがぽろっと語ったひと言が刺さりました。
「みんな言わないだけでいろいろあるよ。・・・うちだって・・・」
この一言に背中を押されて、私は乳癌検診に行く決心をしました。
ブラジャーの縫い目が付くのはなぜ?
なんだか変だな?と気にはなっていたのです。
でも・・・
昔触ったことがある乳がん模型の触り心地とは違うから・・・
乳癌になった肉親はいないから・・・
などなど・・・
いろんな言い訳を自分にして、先延ばしにしてしまいました。
異変に気付いたのは、しこりの有無ではなく、ブラジャーの縫い目が左胸にだけ付くようになってからでした。
一晩眠って朝になったら消えているブラジャーの縫い目の跡。
仕事の夏休みというタイミングにも恵まれ、約束していたアポがキャンセルになったことも勢いとなり、8月3日、新宿にあるクリニックに予約電話をかけました。
予約できるのは1週間後くらいかな?と思いながら電話してみたら「これからどうぞ」とのこと。
すぐに仕度して、いつもとは違う道をあえて選んで新宿へと向かったのでした。