あ~ちゃんのみちくさ日記

あ~ちゃんのみちくさ日記

ステージⅢCの乳がんと共に生きるあ~ちゃんの闘病日記

サイト訪問、ありがとうございます。




2021年8月・・・


ステージⅢCの乳癌告知を受けました。


現在、左乳房8センチ、リンパ転移3センチ、鎖骨にもわずかに転移している癌と闘っています。


このブログでは、乳癌になって体験したこと、考えたことなどを記録していきます。






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名前と生年月日で・・・

PET-CT予約は、乳癌検診をしたクリニック経由で取ってもらいました。

紹介された病院は同じく新宿にあり、34年前懐妊したとき赤ちゃんを確認した大学病院でした。

 

診察券、どこ行ったかなぁ?

もうないよ・・・

 

そう思いながら、すっかり建て替わった病院の受付で「診察券はないけれど受診履歴がある」と告げると・・・

名前と生年月日を手掛かりに検索したら、診察券の番号が出てきました。

 

34年前は、まだ紙のカルテだったよなぁ・・・

なんて思うと、データが残っていたことにちょっとした感動を覚えたのでした。

 

ちょっと物々しい感じ・・・

PET-CT検査は、がん細胞が正常な細胞に比べて多くのブドウ糖を取り込むという性質を利用して、放射線薬剤のブドウ糖類似PET検査薬を体内に投与し、撮影をする検査です。

1回の検査で全身を撮影出来るので、骨転移していないかどうかを調べる目的で受けました。

 

検査室には、2度3度と段階を踏みながら案内されました。

 

なんだか物々しい雰囲気・・・。

 

一番ドキドキしたのはトイレの使い方。

使用前後に除菌するのはもちろんのこと、水を流すときは蓋をして2回流すよう案内されていました。

看護師さんから、検査による被ばくの影響が排せつ物に出ると説明を受けました。

 

保険適用だけれど、支払いは約3万の検査。

 

どうかどうか・・・

骨転移していませんように・・・

 

足取り重く、不安な気持ちで・・・

真夏の炎天下、あえていつもと違う新宿までのルートを歩きました。

極力平常心を保ちながら・・・。

 

でも・・・

 

これ・・・

乳癌だったら、これからどうなるのかな?

日帰り手術ってHPに書いてあったけれど・・・

そんなに簡単に治るの?

仕事は・・・どうしよう。

 

なぜ、子宮腺筋症の治療で長くお世話になった近所の婦人科の先生に相談に行かなかったのか?

いまとなっては全く不思議な行動だったのですが、私はネット検索で出てきた乳房専門のクリニックに向かっていたのでした。

 

空いてる・・・

クリニックに着くとすぐに呼ばれ、マンモグラフィーと超音波検査に案内されました。

マンモグラフィーは14年前の健康診断で経験していたので、検査に対する不安はありませんでしたが、異変を感じていた左胸を挟んだら痛いかも?と思いながら検査に臨みました。

 

きっと、検査技師さんが上手だったのでしょうね。

女性の検査技師さんでした。

マンモグラフィーはたいして痛くもなく、あっさり終わりました。

 

続いて、少し薄暗い部屋に通されて、検査着に着替え横になりました。ここで待っていたのも女性でした。

 

「最近、コロナの予防接種を受けましたか?」

超音波検査を受けながらそう聞かれたので・・・

「1週間前に受けました。それって、何か検査に影響があるんですか?」と質問すると・・・

「ははは、そう聞きたくなりますよね。映りますよ。」

そんな会話をしていたら、突然男性医師が、まるでクマのごとく入ってきて「どうだ?」と見に来て・・・すぐに慌てて出ていきました。

 

これは・・・

 

大変なことが起こっているのかな?

癌って、こんなに簡単に見つけられるの?

 

あります!

検査を終えて、5分ほど経ったころ、診察室に呼ばれました。

モニターには左右両方の乳房の画像が出ていて、左乳房に白く大きな影が映っていました。

 

「ここ、わかりますか?ありますね。8センチと・・・リンパに3センチ。乳癌は骨転移しやすいので、PET-CTを受けましょう。うちでは出来ないので、病院を紹介しますね。すぐに予約を取りましょう。」

 

は~~~~。

そうですか・・・・

癌告知って、こんなにいきなり来るんだぁ~。

 

ショックはさほどなく、意外と冷静に受け止めている自分がいました。

 

左乳房8センチとリンパ転移3センチ

2021年8月3日、左乳房に癌がみつかりました。

まずは、私が躊躇していた乳癌検診を受けようと決心したときのきっかけを綴っておこうと思います。

 

半年間言えなかった深い悲しみに触れて

2021年6月中旬・・・1月に義従妹のクーちゃんが、高校生のひとり娘を残して子宮癌で亡くなっていたことを知りました。

従弟のヒロは、クーちゃんが天国に行ってしまったことがショックで、半年間、親戚に言えずにいたようです。

 

せめてお墓参りを!と連絡して、8月1日(日)ヒロの車でクーちゃんが眠る鎌倉に連れて行ってもらいました。

 

引き寄せ?それともめぐり合わせでしょうか・・・

 

普段は愛知県にいるヒロの弟のトモが、タイミングよく東京オリンピックのVIPアテンドボランティアで上京。

お墓参りの前日に「休みが取れたから、明日僕も一緒に行っていい?」と連絡をくれて・・・。

久々に?

いえいえ、いとこ3人だけで会うのは初めてという機会を得て、お墓参りのあと北鎌倉でゆっくり食事をしながら、クーちゃんを偲ぶことが出来ました。

このとき、ヒロが語るひと言、ひと言が私の心に響きました。

 

2年間に6人の身内を見送ったけれど・・・

2016年3月から2018年2月にかけての2年間に、義父母・伯父叔父(なんと同日)・父、祖母の6人の葬儀がありました。

義父母は二世帯住宅で同居していたので、短い期間ではありましたが介護の経験もあります。

 

2016年3月末に義母。

義母の納骨2週間後の7月に義父。

2017年、義父母の1周忌が終わったころに・・・

故郷岡崎の、父方の義伯父と義叔父が同日に亡くなり、同じ葬儀場の2階と3階の会場を行ったり来たり。

その1か月後から父が入退院を繰り返すようになって、その年の暮れに逝きました。

そして、さらに2か月後には母方の祖母が・・・102歳で老衰大往生。

 

いま思い返してみると、みな高齢者でした。

 

親を見送るのは子どもの務めと思っていた私は、その都度出来ることを真心を込めてやりました。

悲しい気持ちはもちろんあるけれど、それ以上に「しっかりやらなきゃ!」という想いの方が強かったようで・・・。

大切な人を亡くした悲しみの深さに、想いが至りませんでした。

 

そんな私にとって、クーちゃんがいなくなったヒロ家族の悲しみは、想像を超えていて・・・。

改めて『死』について考えさせられることとなったのです。

 

みんな言わないだけでいろいろあるよ!

北鎌倉からの帰り道、トモとふたりで湘南新宿ラインに乗りながらいろいろ話しました。

東京にいる私のところには、愛知県にいる親戚の体調不良の知らせはめったにありません。

私はみんな元気に暮らしていると信じていました。

そんな能天気な私に、トモがぽろっと語ったひと言が刺さりました。

 

「みんな言わないだけでいろいろあるよ。・・・うちだって・・・」

 

この一言に背中を押されて、私は乳癌検診に行く決心をしました。

 

ブラジャーの縫い目が付くのはなぜ?

なんだか変だな?と気にはなっていたのです。

でも・・・

昔触ったことがある乳がん模型の触り心地とは違うから・・・

乳癌になった肉親はいないから・・・

などなど・・・

いろんな言い訳を自分にして、先延ばしにしてしまいました。

 

異変に気付いたのは、しこりの有無ではなく、ブラジャーの縫い目が左胸にだけ付くようになってからでした。

一晩眠って朝になったら消えているブラジャーの縫い目の跡。

 

仕事の夏休みというタイミングにも恵まれ、約束していたアポがキャンセルになったことも勢いとなり、8月3日、新宿にあるクリニックに予約電話をかけました。

予約できるのは1週間後くらいかな?と思いながら電話してみたら「これからどうぞ」とのこと。

すぐに仕度して、いつもとは違う道をあえて選んで新宿へと向かったのでした。