先日紹介したモーゼル Kar98K用3連弾薬盒(アムニッション・パウチ)の続きです。

先日は片側だけ紹介しましたが、本来はベルトの左右に付けるものです、右用、左用の区別はありません。

そして片側に30発分の弾を5発ごとのクリップ6個に分けて収納するので、左右では60発の弾を持つ事になります。
戦闘の規模にもよるでしょうし、状況が違えば一概には言えませんが1回の戦闘で60発で足りたんでしょうか?また1回の戦闘の時間て如何なんでしょうね、補給無しで何日も戦い続けるのか、前線で弾の補充は如何やってしたのか?そもそも出来たのか?
多分詳しい人は知っているんでしょうが、表面しか見ていない素人には判りかねます。
多分詳しい人は知っているんでしょうが、表面しか見ていない素人には判りかねます。
1つだけ言えるのはトリガーハピーな私は60発では到底足りませんねW (アメリカァ~ナ!)と言っては撃ちまくるでしょうWW

さて表から見ると似たような作りですが、裏返すと作りの違いがよく分かり面白いです。

こちらは前回紹介した我が家では古いほうですが、年代はもう一個より新しい物です、詳しい年号は判りませんが前にも書きましたがRBNrが入るのは比較的戦争後期のはずです。
リベットなどの金属パーツは鉄で出来ています。

こちらは前回チラッと紹介した1934年製のポーチです、1934年と言えばMG34が正式採用された年で、まだ第二次世界大戦は始まっていません、所謂、戦前ですね、第二次世界大戦は1939年にドイツ軍によるポーランド侵攻から始まります。
リベットやDリングなど金属パーツはアルミで出来ていて、まだ余裕があったころです。


二つの作りの差は時代背景の他にもメーカーの差もあると思われます、これだけを色々集めれば比較できて面白いコレクションになるんでしょうし、実際に集めてる方もいます。

蓋を開けて内側を見てみると、チョッとピンボケになってしまいしましたが、リベットで留められた簡単な仕切りがあり、前後に分けて2個のクリップを収納します、寸法的にはタイトで片側のクリップが無くても仕切りのおかげで中で残りのクリップが動くことはありません。

こちらは1934年製ポーチの内側です、仕切りがありませんが、壊れて取れてしまったものです、それより面白いのは内側の革をよく見ると茶色なのが判ります、これは元々茶色だったポーチを後で黒く染め直してある為で、外から見えないんで内側は手を抜いたんですねW
良く見ると縫い糸も外側は黒いですが、内側は白いままです、これは拳銃のホルスターにも時々見る事が出来ます、如何いう経緯でなったかは忘れてしまいましたが、戦前の装備は茶色で、後に黒になるんですが、以前の茶色い装備も後で黒く染め直して使われています。
本当なら左右で使うポーチは同じ物が支給されていたはずで、これだけ年代がずれる事は無いですが、別々に現代で購入するとこうなります、1934年製ポーチ、作られてからもう84年が経ってるんですね、内側の仕切りは壊れていますが、程度はRBNr付きの物より更に良いです。