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いつも☆いっしょ

コウキ(2009年1月生まれ)は生後4ヵ月の時にDravet症候群という難治性てんかんを発症しました。
2018年10月にVNS(迷走神経刺激装置)植込術を受けるも、バシッと効いてる感も無く、これという薬にも出会えず、未だに月1回は重積。

10月18日(入院4日目:手術日)

 

予定通り6時に起床。てんかん薬のみを内服。

 

8時過ぎ、手術の補助に入る脳外のドクターが病棟に迎えに来てくれて、一緒に手術センターへ向かう。

手術室の入り口で名前や手術の内容、アレルギーの等の確認をして8時15分入室。手術台に横になり心電図モニターなどを装着。体が動かないようにベルトで固定して、麻酔ガスを当てられる。麻酔に反応して足が跳ね上がるような動きがあったが、すぐに大人しくなった。眠ったのを確認して、私は手術室から退室。

 

12時10分、手術室から要請があり迎えに行くと、声を掛けると目を開けて反応してくれるような状態だった。

 

 

 

病室に戻るとすぐに吐き気に襲われ始めた。吐き気が治まらないので薬を入れてもらう。顔が真っ赤で37度後半〜38度の発熱も確認。喉が乾くらしく飲み物を欲しがるが、14時からの許可なので我慢するように言う(食べ物は15時以降)。

 

 

しばらくして執刀医の先生が説明に来た。予想していたより胸の皮が少なく、装置を入れて閉じるのに少し引っ張り気味にナイロン糸で縫ったとのこと。手術そのものは予定通りに無事に済んだけれど、ナイロン糸を使用することになったことだけが予定外であったこと。その分、皮が薄く伸びてしまっているので痛みが出やすいかもしれないこと。抜糸してから退院となるので入院期間は少し長くなること。

 

 

14時半、初めての飲み物(カフェオレ)を飲む。16時前になってプリンを食べる。

 

 

吐き気は一旦落ち着いていたので夕食は6割は食べた(いつもは10割)。しかし夕食の影響なのか再び襲われる。21時前にトイレへ歩いて行ったのを機にまたまた激しい吐き気に襲われる。自力歩行の許可は出ていたものの、油断していたと反省。麻酔に弱い体質は母譲りなのか。

 

 

頭上にはこんな貼紙が。今後、この情報を確実に周知(他の医療機関や消防局)する方法を考えます。

 

手術の影響(挿管の影響?迷走神経を刺激したから?は不明)で時々咳は出ていたが、23時頃、咳が止まらないような感じになる。術後、声は出ないし何が起こっているのか分からず、ただ見守っていると、看護師さんが飛んでくる。どうやら呼吸困難に陥っていたようだった。SpO2は74しかない。喉を押さえていたのは息苦しかったからだった。しばらく酸素吸入をすると落ち着いてきた。パルスオキシメーター様様。何とも恐ろしい・・・。一体何が起きていたのかは不明。

 

 

今日はかすかに出る声と身振り手振りでの会話。体も痛みのために肘から下が少し動かせる程度で自分で動くことができない。痛み止めは入れてもらうものの、効き目が切れると痛みが強く、ほとんど眠れていない様子だった。

 

 

10月19日(入院5日目:術後1日目)

 

 

今日は朝に採血、午後からレントゲン。まだ痛みは相当強く、自力で体を起こすことはできない。首の傷も痛むので顔を動かすこともできない。体を動かす時は首の後ろに手を当てて、そーっと。

 

 

 

今日もずっと熱が37度後半〜38度だった。明日以降も熱が続くようなら傷からの感染などが少し心配になるらしい。

 

10月20日(入院6日目:術後2日目)

 

 

朝になったら解熱していたので一安心。

 

 

コウキがまだ1〜2歳の頃、とにかく入院が多かった時期に何度もお世話になったことがある先生に久々に再会。と言っても、救急外来で発作を止めてもらったり入院時の担当になったりという関係だったから、あちらは覚えていないかも・・・と思いつつ、話し掛けてみる。しっかり覚えていてくれたようで、名前を見た時にすぐに分かったそう。その先生も今は小児神経診療をされている。

 

 

夕方、最後の抗生剤を投与後に点滴を抜くはずだったが、寝る時に痛み止めが必要になるかもしれないので朝まで残しておくことに。