「……酒、持ってきたよい」「良い天気だなあ」
『偉大なる航路(グランドライン)』後半の海『新世界』。そこに、名もない小さな島がある。
小高い丘に、大きな墓標が一つ。
「……覚えてるかい?この酒、俺達が最初に飲んだ奴だよい」「そーそー、お前がヨシュアのくすねて来たんだよな!」

『プライド革命』
--------------------
「……どうだ?」「シッ……」
少年達が、物陰からある一点を見つめていた。
「……見張りが扉周りに二人、運び役が今三人くらい入ってったよい」「じゃあ五人か?」「今わかってるのは、だろ?元々中に何人居るかは分からねえじゃん」
金髪碧眼で落ち着いた雰囲気の少年マルコ。少し伸びた茶髪の、目尻に傷を持つ少年サッチ。そして黒髪黒瞳、同じ船に乗る父を持つガッシュら三人の少年。彼らが覗いているのは、この辺りを縄張りにするゴロツキ共で、白ヒゲのシマを荒らしている連中だ。
「……あれ港に入った荷物だ」「あれはこの島の生活物資だよい。富豪んとこで集めて島民に配るらしい。だからビスタが積み荷は触るなって言ってた」「それを横流しか?親父のシマでよくやるよな」
目が良いサッチが運び込まれた木箱を記憶していた。大きな商船に乗ってやってきたそれは、確かに街の富豪宛だったもの。この街の富豪は自分たち海賊にもにこやかに接してくれる、優しい人物だった。
「商船があいつらに味方してんのか……?」
だとしたら許せない。あの人達は海賊を差別しなくて、本当にいい人達なのに。サッチは無意識に唇を噛んだ。
「なあ、あれ、どっか運ばれちまうのかな」
積み荷の詳しい中身は分からないが、見たところ規模も大きくないゴロツキ共だ。どこかと抗争をやらかしている様子もないし、あの荷物はきっと長くはあそこに留まらずに、買い手がつけばあっという間に売り捌かれるに違いない。
サッチの様子をやれやれ、と肩を竦めてガッシュが指した。マルコもそれに倣い、小さくため息を落とす。
サッチは戦闘中の観察力はピカイチだが、それ以外はさして周囲に注意を払わない。まるで動物のような運動神経のおかげで首の皮一枚繋がったような場面が、今までに幾度もあった。
「……サッチ、戻るよい。俺らの役目は様子見だけだい」「でもよ、マルコ」
言いつけに忠実なマルコはそんなサッチをいつも諌(いさ)める役だ。性格が正反対な二人はその度に衝突し、その仲裁に入るのがガッシュだった。
「……サッチ。気持ちは分かるけど、俺らじゃどうにもならねえよ。ちゃんと親父達に伝えて、来てもらわねえと」
自分たちは白ヒゲのクルーとしての誇りもまだ身体に刻んで居ない、新米なのだ。三人の海賊としての腕前は半人前が良いところで、それは彼ら自身もよく分かっていたのだが。
「……でもよ、俺らが戻ってるうちにあれ無くなっちまったら困る人がいんだろ」
港に戻ろうと踵を返したマルコとガッシュ。しかしそこから動こうとしないサッチに、再び大きなため息をついた。
--------------------
《お前ら行ってきてよ、俺は親父達が来るまでここで見張るから》
二人の少年が、森を駆け抜けていた。
「……サッチの奴、大丈夫かな!?」
先を走るガッシュが、マルコを通り越して更に後ろを振り返った。それとマルコの複雑そうな蒼い目が重なり合う。
「急いで戻……」
その時だった。
ダァーーーーンッ!
一発の大きな銃声が、辺りに響き渡った。
「……え」「……!!」
それは間違いなく自分たちが駆けてきた方向であり、飛び立った鳥達がその場所を教えていた。
「サ、サッチ……?」「危ねえ!」
ドン、ドンッ!!
銃声に足を止めたガッシュを、マルコが引き戻した。その瞬間、彼の頬には二筋の浅い傷が入り、僅かに血が滲んだ。
マルコは、いきなりのことでまだ目を白黒させているガッシュを無理矢理立たせる。ガッシュの傷が大事ないことを視線の端で確認しながら、拳を構え、ぐるりと周囲を見回した。
そこには、キラキラと時折木漏れ日を反射させるものが幾つもあった。
そのどれもが、自分たちに照準を合わせている。
数は、分からない。
「絶体絶命かねい……!」
「……お前ら、どこのガキだ?あそこで何見た」
チンピラ風のでかい男が近付いてくる。幸い、自分たちが白ヒゲだとはバレていないようだ。
「さあねい、俺らは何も見てないよい」
マルコがとぼけて答えるが、相手が銃を構えている以上、あまり意味はない。しかし、そうやって時間を稼いでいる間にガッシュが持ち直したことが、背に当てた手のひらから伝わってくる。ドキドキ、と早鐘を打っていた鼓動が、幾分か落ち着いてきていた。
(……マルコ、マルコ)(?)
男達は全部で10人は居るか。自分たちがただの子供だと思っている彼らは、こちらに銃は向けながらも雑談等をして注意は向けていないようだった。
少年達は視線だけで会話をする。それは、幼い時から海賊船に乗っている彼らだからこそ出来ることでもあった。
(俺が、船に戻る。お前は、サッチのところへ行け)(わかったよい)
そして、小さく拳を合わせる。
必ず無事に、再び会うことを誓って。
「ネコババだ!親父に言いつけてやる!!!」
ガッシュが叫んだ。弾かれるように二人は飛び出し、ガッシュは森の外へ、マルコはもと来た道へ、それぞれ駆け出した。
『理想だけを口にしてた過去』
行く手を阻んでいた男に渾身の体当たりを食らわし、ガッシュは駆け出した。
ーーー人間、死ぬ気でやれば出来ねえことはねえよ
父親の教えは、こんなところでも役に立った。
『壁はどこにだって立ち塞いで』
飛び交う銃弾を軽い身のこなしで避けるマルコ。時折掠めるそれに焼けるような痛みと共に蒼い炎が上がるが、構わず走り抜けた。
『手探りで生きてく』
(待ってろ……俺が死んでも親父を連れて来る!!!)
(ガッシュ……サッチ、持ちこたえろよい!)
--------------------
『紅い空が影を伸ばす
まだそれは頼りなくて自分勝手
ため息をこぼす』
往路ではつまづく事もなかった木々の根が、まるで絡み付くようにガッシュの足元を這い回る。
時折聞こえる銃声は遠く、マルコとサッチのことがとにかく気になった。
全力疾走なら慣れているのに、焼けるように喉が痛い。心臓も肺も押し潰されそうに痛くて、上手く息が出来なかった。
『違う歩幅合わない呼吸でも
君はまっすぐにぶつかって
側にいてくれる』
孤児のマルコとサッチが船に来たのは、ガッシュがまだ幼少の頃だった。
その時はまだ何も知らず一緒に遊んで成長した。
そしてガッシュは知る。マルコには悪魔の実が、サッチには大人をも凌駕する程の戦闘のセンスがあることを。
ただ父親が白ヒゲのクルーであるというだけの自分とは、決定的に違う。
『資質の差』だった。
『すれ違い見渡せばそう取り残されていた
《明日は見えてますか》』
薄々と、しかし常に劣等感は感じていた。自分に無い物を持つ二人と肩を並べることが辛いときもあった。
『暗闇かき消す君の声が聞こえたんだ』
(それでも、俺たちは兄弟だ)
三人で交わした盃は『兄弟』。どんなときでも、何があっても互いに助け合い、そして。
ーーー命を賭けて、その命を守る存在。
『弱くたって立ち向かうんだ
理由なら君にもらった』
「……ッ!!」
森の出口に近付いていた。視界の先が明るく、建物の向こうにモビーの雄大な姿が見えている。
「逃がすか!殺せ!!」「ッ!」
鈍く光る鉈(なた)が一閃、背後からガッシュの脇を縦に掠めた。
チリ、と肩口に痛みを感じたが、走る足は止まらない。
「街に入る前に仕留めろ!」
所詮子供の脚力、男が何人かガッシュの前に回っていた。
(……親父、父ちゃん)
『分かってる、だから行くんだよ。』
腰に提げた短剣が淡く、しかし力強く光り出す。
(俺にも、出来るかな)
『今も苦しくって胸が痛いよ』
ーーー人間、死ぬ気でやれば出来ねえことはねえよ
手に取った愛刀は、かつて見た父親の巨大な刀と同じ光を放っていた。
『力なら君にもらった』
(死ぬ気だけど死にたくないけど!あいつらが死ぬのはもっと嫌だ!!!)
『守り抜く為に行くんだよ』
「俺が、守るんだあああああああ!!!」
振り上げた剣が太陽を反射して、強く鋭く光った。
--------------------
『負けてばかり守るものもない
そんな自信なくて試合放棄
言い訳をこぼす』
蒼い炎が身体中から上がる。その度に突き刺さる痛みがマルコを襲うが、その足は真っ直ぐに森の中心へと向かって行った。
(痛いのが何だ!俺はこんなの怖くねえんだ!!)
『どこからとなく耳を刺した声
君は『まっすぐにぶつかれ』って
悔しそうに嘆く』
出来た傷も瞬く間に治る、悪魔の実の能力(ちから)。気味悪がられて遠巻きにされるのなんて、小さい時から慣れている。
でも、二人は違った。孤独だった自分の心に直接触れてくれた。
(だから、俺はお前らと兄弟になれた)
『触れ合えば胸の奥に土足で踏み込んで
《明日は君が決めろ》』
初めてだった。本気で誰かに怒ったり、心配したり、また、されたりする事が。
それが俺だけでなく、サッチもそうなのだと、薄々感じてはいた。
『暗闇かき消す君の声は
《泣いていた》』
サッチが置かれていた環境は俺なんかより何倍も辛いものだった。信じる人に裏切られ、騙されて深く傷ついたあいつは親父にさえ、怖くてなかなか心を開けなかったという。
(俺たちはサッチが漸く心を開いてくれた、たった一つの《家族》なんだよい!)
だから。
『涙なんて振り払うんだ
理由なら僕が作った
分かってる、だから行くんだよ』
俺達は兄弟だ。家族なんだ。生まれも育ちも血ですらも関係ない、親父の元に固く結ばれた絆が、確かにある。
『今も怖くなって足がすくんで
本当は震えてるんだ』
四方から襲い来る大人達に捕まりそうになりながら、死に物狂いで建物へと走る。
ーーー捕まれば、また逆戻り。
見せ物にされて、撃たれて切られる。白ヒゲ以外の人間が、自分をそうやって扱うだろうことは目に見えてる。
それでも。
例え自分が捕まろうとも。
『取り戻す為に闘うよ』
もう二度と、誰も、サッチを裏切る事があってはならない。
俺達が、そんなことさせない。
--------------------
後ろから二人がかりで肩を固められ、関節が外れそうに軋む。霞んだ視界に、非道な顔の大人達。
(畜生、……畜生!)
相当に殴られた身体はどこもかしこも痛かったが、それよりも。
(……あいつらは……?俺が、勝手なことしたから……)
鼻先に突き付けられた銃口からは、微かに火薬の臭いがした。
マルコ、捕まってないか。あいつが捕まってしまったら、また酷い事をされるに決まってる。
やっと、悪夢で魘される事がなくなってきたのに。
ガッシュ、あいつはまだ強くなる途中なんだ。せっかく、せっかく組手もサマになってきたところだったのに。
素人相手ならどうにでもなるが、屈強な大人が相手では、さすがに太刀打ち出来なかった。
これまでか、と項垂れた俺の耳に、劇鉄がガチャリ、と下りる音が飛び込んできた。
(……?)
でも。それとは別に、もっと遠くの微かな音が届いたんだ。
俺は少しだけ、視線を巡らせて。
そして、笑った。
『「立ち向かう」』
にわかに扉の外が騒がしくなった。ドタバタと足音が鳴り、男達が建物から出てゆく気配がした。
『「怖くない」』
建物に近付くにつれ増える傷。それらを全て炎と化して、俺は翼を拡げた。
『「君がいる」』
確かにこの耳に聞こえた、『不死鳥』という単語。
『「ここにいる」』
蹴破った扉の向こうに、見間違える筈もない、サッチの黄色いスカーフを見つけた。
『「待っていて」』
やっと転がり込んだモビーで俺は叫んだ。酸欠でくらくら回る視界の先で、親父が立ち上がった。
『「大丈夫」』
遠くから、親父の凄まじい怒気が近付いていた。ガッシュの無事を知り、小さく笑みが漏れた。
『「負けないよ」』
小さく見えた建物の中に、マルコの蒼炎が見えた。全身を蒼で包んだマルコがこっちを見て、ニヤリ、と笑った気がした。
『「認めてる」』
扉の外からたくさんの悲鳴が上がった。マルコ一人でそこまで恐れることは無いだろうと、俺は首を傾げる。
『さあ踏み込んで』
マルコがいる。
『進むんだ』
ガッシュも、いる。
『届くまで笑え』
「こンのアホンダラーーーッ!!俺の息子に触るんじゃねえぞおおおッ!!!!」
「「「怒羅ァァァァァーーーーッッッ!!!」」」
「…………お、や…じ…………っ」
地鳴りと共に現れた親父と兄貴達に、俺は不覚にも涙が溢れた。
--------------------
狼狽える男達を弾き飛ばし、ガッシュと共に俺は扉をぶち破った。
怪我なんて痛くない。サッチは無事か。
「「サッチ!!」」
「……来んのが遅えよ」
視線だけで会話が出来るのは俺達の特技だ。一瞬で交わした目配せの後、サッチが左腕を拘束していた男に頭突きを食らわすと、ガッシュが右側の男に体当たり、俺が銃を構えた男を正面から蹴り飛ばした。
「ぐはっ……」
顔面の骨が折れたか、鼻血をボタボタと落とす男の銃を踏み砕いた。
「観念しろい。お前らはもう、親父が許さねえよい」
『声にならない叫び声が
胸の中震えてるんだ
分かってる、だから闘うよ』
振り返れば、普段なら暴れる親父を押さえる筈のスコールやヨシュア、ビスタまでもが大暴れしていた。おかげで建物は今にも崩れそうになって、サッチがせっかく危険をおかしてまで守りたかった積み荷もぺしゃんこだった。
『今は一人じゃない胸が熱いよ
力ならなら君にもらった
守り抜くために闘うよ』
「あーあ。俺、何の為に残ったんだか」
その様子を見て、サッチが小さく笑った。目尻が少し赤くなっているのは見ない振りをしてやる。
貸し一つだよい。
「ま、いんじゃね?こいつが弁償すれば良い話だし」
ガッシュが、呻く男を縛り上げていた。三人の中で一番怪我をしていたが、一番晴れやかな顔もしていた。
「聞いてくれよー、俺、父ちゃんの技出来ちゃったかも!」「マジで!!?ガレオン船割るやつかよい!?」「見せて、見せて!あの剣が光るの、カッコいいもんなー」
暴れまわる家族を視界の端に眺めながら、キラキラと淡く光るガッシュの短剣を三人で囲んだ。
『君とまた笑ってる』
「まずい酒だよい」「そりゃそーだろ、こいつの味覚イカれてんだもんよ」
--------------------
→あとがき
最後までお読み下さり、ありがとうございました。こちらはリクエスト『プライド革命』です。
とある島にある、ガッシュの墓標。そこでのマルコとサッチの回想から物語は始まります。
回想は、三人が戦闘員になりたてくらいの時代で書きました。
まだ青くて、未熟なんだけど仲間を守りたい、と思う強い気持ちと、伴わない実力を比較して書きたくなりました。
そして、自由なサッチと忠実なマルコ、二人をとりもつガッシュ。子供の頃から二人を間近で見てきたガッシュだからこその悩みや葛藤というのも少し足してみたかったのです。長編では死んじゃったキャラですが(そしてオリキャラなので細かい設定も何もないですが)、濃い存在感が出せれば成功かなと思います。
いかがでしたでしょうか?これからもよろしくお願いいたします!
使用曲『プライド革命』
作詞:HoneyWorks
作曲:HoneyWorks
唄:CHiCO with HoneyWorks
※追記
YouTubeでメガテラゼロさんという方も同じ曲を歌ってらっしゃいます。この方が歌うプライド革命、猫野はドツボにはまりましたので、気になる方は合わせてご鑑賞下さい。
『偉大なる航路(グランドライン)』後半の海『新世界』。そこに、名もない小さな島がある。
小高い丘に、大きな墓標が一つ。
「……覚えてるかい?この酒、俺達が最初に飲んだ奴だよい」「そーそー、お前がヨシュアのくすねて来たんだよな!」

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「……どうだ?」「シッ……」
少年達が、物陰からある一点を見つめていた。
「……見張りが扉周りに二人、運び役が今三人くらい入ってったよい」「じゃあ五人か?」「今わかってるのは、だろ?元々中に何人居るかは分からねえじゃん」
金髪碧眼で落ち着いた雰囲気の少年マルコ。少し伸びた茶髪の、目尻に傷を持つ少年サッチ。そして黒髪黒瞳、同じ船に乗る父を持つガッシュら三人の少年。彼らが覗いているのは、この辺りを縄張りにするゴロツキ共で、白ヒゲのシマを荒らしている連中だ。
「……あれ港に入った荷物だ」「あれはこの島の生活物資だよい。富豪んとこで集めて島民に配るらしい。だからビスタが積み荷は触るなって言ってた」「それを横流しか?親父のシマでよくやるよな」
目が良いサッチが運び込まれた木箱を記憶していた。大きな商船に乗ってやってきたそれは、確かに街の富豪宛だったもの。この街の富豪は自分たち海賊にもにこやかに接してくれる、優しい人物だった。
「商船があいつらに味方してんのか……?」
だとしたら許せない。あの人達は海賊を差別しなくて、本当にいい人達なのに。サッチは無意識に唇を噛んだ。
「なあ、あれ、どっか運ばれちまうのかな」
積み荷の詳しい中身は分からないが、見たところ規模も大きくないゴロツキ共だ。どこかと抗争をやらかしている様子もないし、あの荷物はきっと長くはあそこに留まらずに、買い手がつけばあっという間に売り捌かれるに違いない。
サッチの様子をやれやれ、と肩を竦めてガッシュが指した。マルコもそれに倣い、小さくため息を落とす。
サッチは戦闘中の観察力はピカイチだが、それ以外はさして周囲に注意を払わない。まるで動物のような運動神経のおかげで首の皮一枚繋がったような場面が、今までに幾度もあった。
「……サッチ、戻るよい。俺らの役目は様子見だけだい」「でもよ、マルコ」
言いつけに忠実なマルコはそんなサッチをいつも諌(いさ)める役だ。性格が正反対な二人はその度に衝突し、その仲裁に入るのがガッシュだった。
「……サッチ。気持ちは分かるけど、俺らじゃどうにもならねえよ。ちゃんと親父達に伝えて、来てもらわねえと」
自分たちは白ヒゲのクルーとしての誇りもまだ身体に刻んで居ない、新米なのだ。三人の海賊としての腕前は半人前が良いところで、それは彼ら自身もよく分かっていたのだが。
「……でもよ、俺らが戻ってるうちにあれ無くなっちまったら困る人がいんだろ」
港に戻ろうと踵を返したマルコとガッシュ。しかしそこから動こうとしないサッチに、再び大きなため息をついた。
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《お前ら行ってきてよ、俺は親父達が来るまでここで見張るから》
二人の少年が、森を駆け抜けていた。
「……サッチの奴、大丈夫かな!?」
先を走るガッシュが、マルコを通り越して更に後ろを振り返った。それとマルコの複雑そうな蒼い目が重なり合う。
「急いで戻……」
その時だった。
ダァーーーーンッ!
一発の大きな銃声が、辺りに響き渡った。
「……え」「……!!」
それは間違いなく自分たちが駆けてきた方向であり、飛び立った鳥達がその場所を教えていた。
「サ、サッチ……?」「危ねえ!」
ドン、ドンッ!!
銃声に足を止めたガッシュを、マルコが引き戻した。その瞬間、彼の頬には二筋の浅い傷が入り、僅かに血が滲んだ。
マルコは、いきなりのことでまだ目を白黒させているガッシュを無理矢理立たせる。ガッシュの傷が大事ないことを視線の端で確認しながら、拳を構え、ぐるりと周囲を見回した。
そこには、キラキラと時折木漏れ日を反射させるものが幾つもあった。
そのどれもが、自分たちに照準を合わせている。
数は、分からない。
「絶体絶命かねい……!」
「……お前ら、どこのガキだ?あそこで何見た」
チンピラ風のでかい男が近付いてくる。幸い、自分たちが白ヒゲだとはバレていないようだ。
「さあねい、俺らは何も見てないよい」
マルコがとぼけて答えるが、相手が銃を構えている以上、あまり意味はない。しかし、そうやって時間を稼いでいる間にガッシュが持ち直したことが、背に当てた手のひらから伝わってくる。ドキドキ、と早鐘を打っていた鼓動が、幾分か落ち着いてきていた。
(……マルコ、マルコ)(?)
男達は全部で10人は居るか。自分たちがただの子供だと思っている彼らは、こちらに銃は向けながらも雑談等をして注意は向けていないようだった。
少年達は視線だけで会話をする。それは、幼い時から海賊船に乗っている彼らだからこそ出来ることでもあった。
(俺が、船に戻る。お前は、サッチのところへ行け)(わかったよい)
そして、小さく拳を合わせる。
必ず無事に、再び会うことを誓って。
「ネコババだ!親父に言いつけてやる!!!」
ガッシュが叫んだ。弾かれるように二人は飛び出し、ガッシュは森の外へ、マルコはもと来た道へ、それぞれ駆け出した。
『理想だけを口にしてた過去』
行く手を阻んでいた男に渾身の体当たりを食らわし、ガッシュは駆け出した。
ーーー人間、死ぬ気でやれば出来ねえことはねえよ
父親の教えは、こんなところでも役に立った。
『壁はどこにだって立ち塞いで』
飛び交う銃弾を軽い身のこなしで避けるマルコ。時折掠めるそれに焼けるような痛みと共に蒼い炎が上がるが、構わず走り抜けた。
『手探りで生きてく』
(待ってろ……俺が死んでも親父を連れて来る!!!)
(ガッシュ……サッチ、持ちこたえろよい!)
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『紅い空が影を伸ばす
まだそれは頼りなくて自分勝手
ため息をこぼす』
往路ではつまづく事もなかった木々の根が、まるで絡み付くようにガッシュの足元を這い回る。
時折聞こえる銃声は遠く、マルコとサッチのことがとにかく気になった。
全力疾走なら慣れているのに、焼けるように喉が痛い。心臓も肺も押し潰されそうに痛くて、上手く息が出来なかった。
『違う歩幅合わない呼吸でも
君はまっすぐにぶつかって
側にいてくれる』
孤児のマルコとサッチが船に来たのは、ガッシュがまだ幼少の頃だった。
その時はまだ何も知らず一緒に遊んで成長した。
そしてガッシュは知る。マルコには悪魔の実が、サッチには大人をも凌駕する程の戦闘のセンスがあることを。
ただ父親が白ヒゲのクルーであるというだけの自分とは、決定的に違う。
『資質の差』だった。
『すれ違い見渡せばそう取り残されていた
《明日は見えてますか》』
薄々と、しかし常に劣等感は感じていた。自分に無い物を持つ二人と肩を並べることが辛いときもあった。
『暗闇かき消す君の声が聞こえたんだ』
(それでも、俺たちは兄弟だ)
三人で交わした盃は『兄弟』。どんなときでも、何があっても互いに助け合い、そして。
ーーー命を賭けて、その命を守る存在。
『弱くたって立ち向かうんだ
理由なら君にもらった』
「……ッ!!」
森の出口に近付いていた。視界の先が明るく、建物の向こうにモビーの雄大な姿が見えている。
「逃がすか!殺せ!!」「ッ!」
鈍く光る鉈(なた)が一閃、背後からガッシュの脇を縦に掠めた。
チリ、と肩口に痛みを感じたが、走る足は止まらない。
「街に入る前に仕留めろ!」
所詮子供の脚力、男が何人かガッシュの前に回っていた。
(……親父、父ちゃん)
『分かってる、だから行くんだよ。』
腰に提げた短剣が淡く、しかし力強く光り出す。
(俺にも、出来るかな)
『今も苦しくって胸が痛いよ』
ーーー人間、死ぬ気でやれば出来ねえことはねえよ
手に取った愛刀は、かつて見た父親の巨大な刀と同じ光を放っていた。
『力なら君にもらった』
(死ぬ気だけど死にたくないけど!あいつらが死ぬのはもっと嫌だ!!!)
『守り抜く為に行くんだよ』
「俺が、守るんだあああああああ!!!」
振り上げた剣が太陽を反射して、強く鋭く光った。
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『負けてばかり守るものもない
そんな自信なくて試合放棄
言い訳をこぼす』
蒼い炎が身体中から上がる。その度に突き刺さる痛みがマルコを襲うが、その足は真っ直ぐに森の中心へと向かって行った。
(痛いのが何だ!俺はこんなの怖くねえんだ!!)
『どこからとなく耳を刺した声
君は『まっすぐにぶつかれ』って
悔しそうに嘆く』
出来た傷も瞬く間に治る、悪魔の実の能力(ちから)。気味悪がられて遠巻きにされるのなんて、小さい時から慣れている。
でも、二人は違った。孤独だった自分の心に直接触れてくれた。
(だから、俺はお前らと兄弟になれた)
『触れ合えば胸の奥に土足で踏み込んで
《明日は君が決めろ》』
初めてだった。本気で誰かに怒ったり、心配したり、また、されたりする事が。
それが俺だけでなく、サッチもそうなのだと、薄々感じてはいた。
『暗闇かき消す君の声は
《泣いていた》』
サッチが置かれていた環境は俺なんかより何倍も辛いものだった。信じる人に裏切られ、騙されて深く傷ついたあいつは親父にさえ、怖くてなかなか心を開けなかったという。
(俺たちはサッチが漸く心を開いてくれた、たった一つの《家族》なんだよい!)
だから。
『涙なんて振り払うんだ
理由なら僕が作った
分かってる、だから行くんだよ』
俺達は兄弟だ。家族なんだ。生まれも育ちも血ですらも関係ない、親父の元に固く結ばれた絆が、確かにある。
『今も怖くなって足がすくんで
本当は震えてるんだ』
四方から襲い来る大人達に捕まりそうになりながら、死に物狂いで建物へと走る。
ーーー捕まれば、また逆戻り。
見せ物にされて、撃たれて切られる。白ヒゲ以外の人間が、自分をそうやって扱うだろうことは目に見えてる。
それでも。
例え自分が捕まろうとも。
『取り戻す為に闘うよ』
もう二度と、誰も、サッチを裏切る事があってはならない。
俺達が、そんなことさせない。
--------------------
後ろから二人がかりで肩を固められ、関節が外れそうに軋む。霞んだ視界に、非道な顔の大人達。
(畜生、……畜生!)
相当に殴られた身体はどこもかしこも痛かったが、それよりも。
(……あいつらは……?俺が、勝手なことしたから……)
鼻先に突き付けられた銃口からは、微かに火薬の臭いがした。
マルコ、捕まってないか。あいつが捕まってしまったら、また酷い事をされるに決まってる。
やっと、悪夢で魘される事がなくなってきたのに。
ガッシュ、あいつはまだ強くなる途中なんだ。せっかく、せっかく組手もサマになってきたところだったのに。
素人相手ならどうにでもなるが、屈強な大人が相手では、さすがに太刀打ち出来なかった。
これまでか、と項垂れた俺の耳に、劇鉄がガチャリ、と下りる音が飛び込んできた。
(……?)
でも。それとは別に、もっと遠くの微かな音が届いたんだ。
俺は少しだけ、視線を巡らせて。
そして、笑った。
『「立ち向かう」』
にわかに扉の外が騒がしくなった。ドタバタと足音が鳴り、男達が建物から出てゆく気配がした。
『「怖くない」』
建物に近付くにつれ増える傷。それらを全て炎と化して、俺は翼を拡げた。
『「君がいる」』
確かにこの耳に聞こえた、『不死鳥』という単語。
『「ここにいる」』
蹴破った扉の向こうに、見間違える筈もない、サッチの黄色いスカーフを見つけた。
『「待っていて」』
やっと転がり込んだモビーで俺は叫んだ。酸欠でくらくら回る視界の先で、親父が立ち上がった。
『「大丈夫」』
遠くから、親父の凄まじい怒気が近付いていた。ガッシュの無事を知り、小さく笑みが漏れた。
『「負けないよ」』
小さく見えた建物の中に、マルコの蒼炎が見えた。全身を蒼で包んだマルコがこっちを見て、ニヤリ、と笑った気がした。
『「認めてる」』
扉の外からたくさんの悲鳴が上がった。マルコ一人でそこまで恐れることは無いだろうと、俺は首を傾げる。
『さあ踏み込んで』
マルコがいる。
『進むんだ』
ガッシュも、いる。
『届くまで笑え』
「こンのアホンダラーーーッ!!俺の息子に触るんじゃねえぞおおおッ!!!!」
「「「怒羅ァァァァァーーーーッッッ!!!」」」
「…………お、や…じ…………っ」
地鳴りと共に現れた親父と兄貴達に、俺は不覚にも涙が溢れた。
--------------------
狼狽える男達を弾き飛ばし、ガッシュと共に俺は扉をぶち破った。
怪我なんて痛くない。サッチは無事か。
「「サッチ!!」」
「……来んのが遅えよ」
視線だけで会話が出来るのは俺達の特技だ。一瞬で交わした目配せの後、サッチが左腕を拘束していた男に頭突きを食らわすと、ガッシュが右側の男に体当たり、俺が銃を構えた男を正面から蹴り飛ばした。
「ぐはっ……」
顔面の骨が折れたか、鼻血をボタボタと落とす男の銃を踏み砕いた。
「観念しろい。お前らはもう、親父が許さねえよい」
『声にならない叫び声が
胸の中震えてるんだ
分かってる、だから闘うよ』
振り返れば、普段なら暴れる親父を押さえる筈のスコールやヨシュア、ビスタまでもが大暴れしていた。おかげで建物は今にも崩れそうになって、サッチがせっかく危険をおかしてまで守りたかった積み荷もぺしゃんこだった。
『今は一人じゃない胸が熱いよ
力ならなら君にもらった
守り抜くために闘うよ』
「あーあ。俺、何の為に残ったんだか」
その様子を見て、サッチが小さく笑った。目尻が少し赤くなっているのは見ない振りをしてやる。
貸し一つだよい。
「ま、いんじゃね?こいつが弁償すれば良い話だし」
ガッシュが、呻く男を縛り上げていた。三人の中で一番怪我をしていたが、一番晴れやかな顔もしていた。
「聞いてくれよー、俺、父ちゃんの技出来ちゃったかも!」「マジで!!?ガレオン船割るやつかよい!?」「見せて、見せて!あの剣が光るの、カッコいいもんなー」
暴れまわる家族を視界の端に眺めながら、キラキラと淡く光るガッシュの短剣を三人で囲んだ。
『君とまた笑ってる』
「まずい酒だよい」「そりゃそーだろ、こいつの味覚イカれてんだもんよ」
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→あとがき
最後までお読み下さり、ありがとうございました。こちらはリクエスト『プライド革命』です。
とある島にある、ガッシュの墓標。そこでのマルコとサッチの回想から物語は始まります。
回想は、三人が戦闘員になりたてくらいの時代で書きました。
まだ青くて、未熟なんだけど仲間を守りたい、と思う強い気持ちと、伴わない実力を比較して書きたくなりました。
そして、自由なサッチと忠実なマルコ、二人をとりもつガッシュ。子供の頃から二人を間近で見てきたガッシュだからこその悩みや葛藤というのも少し足してみたかったのです。長編では死んじゃったキャラですが(そしてオリキャラなので細かい設定も何もないですが)、濃い存在感が出せれば成功かなと思います。
いかがでしたでしょうか?これからもよろしくお願いいたします!
使用曲『プライド革命』
作詞:HoneyWorks
作曲:HoneyWorks
唄:CHiCO with HoneyWorks
※追記
YouTubeでメガテラゼロさんという方も同じ曲を歌ってらっしゃいます。この方が歌うプライド革命、猫野はドツボにはまりましたので、気になる方は合わせてご鑑賞下さい。