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描いた世界の向こうへ




アーティストが歌う歌詞や小説の中の好きな台詞。
学生時代に交わした友人との何気ない会話。
言葉の向こうに見えた景色も、空気が動いた瞬間の感触もまだ肌に残っている。


スティックタイプのミルクティーを飲み干すと、カップの底に溶けきらなかった固まりが残っていた。それをスプーンで掬って舐めると、ざりざりとした名残惜しい刺激。


まだほんのり温かいマグカップと消えてしまったミルクティーの甘ったるさに、わたしは何とか温度を保っていられる。きっと大丈夫だと、記憶の中で言葉たちと共に眠っていた数々の風景を掬い取るように掘り起こし、モノクロームな世界に色を付ける。


冷たい風から身を守るうちに小さく固まっていた心の部分にも、ふわふわした風が届くようになり、春を迎えられるようにと目を覚ます準備をしていたそんな予感すら、塗り潰してしまうような言葉や報道は、季節の流れさえも狂わせるかのようだと、東京に降る雪を見ながら思った。


こんな狂騒なんてぜんぶ覆い尽くしてしまえばいいのに、と思う。そして、真っ白になったキャンバスにいろんな色を選びながら、新しい世界を描くことができたらどんなに素敵だろうと、この雪に願わずにはいられない。この雪が、新しい時代の幕開けになってくれたらと。


だけど本当はそんなのは綺麗事で、願おうが祈ろうがわたしたちの描いた世界なんて掠りもできないくらいのスピードで、巻き込まれずにはいられないような流れがぐるぐると太刀打ちできない規模で回っている。心の時計の針は揺れ動き、ネガティブな情報に翻弄されるまま空回りしている。
だけどそれでも、どの方向を向くのか、どの道を行くのか、自由に決めることができる力はわたしたちの手にあるはずなんだよ。だけどそれに気付かせないよう、わたしたちを無力だと思わせるよう、不安を煽っているだけだ。


ただの支配のツール。そう思うことで、心の奥までは情報に惑わされないようにする。それは誰にも踏み込むことのできない自分だけの領域だ。わたしは其処で、自分の言葉を思い出して、自分を作る。


わたしは自分を認めたり肯定することが下手くそだから、ほんの些細なことにも不安になるし、常に自分はこれでいいのかと、自意識過剰になって無駄に精神を疲弊させている。だからわたしはネガティブな情報を聞くたび、不安や悩みを増やし、人生を混乱させている。
まるで私自身が、心の形が、情報に勝手に作られているようなものだ。こんな意志のない生き方は、わたしはもうしたくない。


流されているな、自分以外の何かに形作られているなと感じたら、自分はどう在りたいのかと問いを立てる。そうすると本当はこうしたいんだ!と、大きな流れに抑圧されて燻っている自分の姿が、見える。わたしはそれを意志と呼ぶ。


アルゼンチンのことわざに「意志は力なり」という言葉がある。意志を持てば、力が生まれる。力がなければ、ネガティブな情報に意志を奪われ続け、支配層の都合のいいように人生を操作される。そんなこと、決してあってはならない。


自分の描いた世界の一歩先へと進むために、意志や力を行動へと繋げるために。
わたしは、垂れ流される情報に、流されず、自分の意志を挟み込み、言葉に使われるのではなく、言葉を使う。
そう在りたいと思っている。


行動は、何よりも強力なアファメーションだという。



淡い季節の物語



背中に注ぐ陽差しとひんやりとした空気に春の予感が芽吹き始める頃に、不安を駆り立てるようにニュースが繰り返されていて、より一層この世界は殺伐さが増していて、わたしたちが生きるためにこの手で選択できるものがだんだんと、色を失ってきたように感じます。


晴れていても厚い雲に覆われ圧迫されているようで、見るもの聞くもの全てにかかったフィルターを取っ払おうとしても、視線も指先も留まる場所がなく、当てもなく彷徨う。ずっと立ち止まっていたいほどに心はキャパオーバーなのに、生きる選択をし続けるためには、歩いていかなくちゃ。焦りや憤りにしか出会えなくても。歩いていかなくちゃ。
不安から目を逸らすわけでも、内に閉じ込めるわけでもなく、淡々と日々をこなしていきたいのに、情報がうねりを打って押し寄せてくる。情報に翻弄されそうになる。


そんな状況の中で怖いのは、自分でも気づかない間に溜まった疲労感に耐えきれなくなって、歩く力や知ろうとする力が失われることだと思います。


卒業式や入学式という晴れ舞台が中止になってしまったり、受験生の方にとっては人生を決める大事なタイミングに何故?という疑問がつきない。新生活に向けてたくさんの準備が必要な方も多いでしょう。


大切な別れや出会い。未知なる明日へ心を躍らせて、重ねてきた思い出に心を奮い立たせて、笑顔も涙もきっとたくさんの色で溢れる季節。不安なんて、柔らかくなった陽差しと風に溶かしてしまえる季節。すべてをあなたの手で、優しさで、包み込むことができるほど、わたしたちがこの手で選ぶべきものは、鮮やかな色の予感で溢れているもののはずです。


この手から離れていくものも、新たにこの手にするものも、その一つ一つの手触りには愛しさが溢れてて、車窓からの移り変わる景色を見ながら新しい自分を想像してわくわくしたり、行き詰まって上手くいかないとき、傍から見ればくだらないことも共有してくれた友達の存在に、懐かしさと感謝がこみ上げたり。静かに変化していくことで、いそがしい毎日を送れるといいなぁと、思います。


漠然とした恐怖心に、あなたが持つ素敵な予感も、その手に溢れる優しさも、消されることのないように。奪われることのないように。


見つめれば美しく、触れれば柔らかく、耳を澄ませば笑みが零れ、心にも身体にも心地いいものが、誰かの傷や犠牲の上に成り立っているんじゃないかなんて思えてしまうほど、不安が容赦なく降り注いでくるときも、もう生きようがないなんて明日を悲しみで染めてしまうようなときも、今日は生きていれば訪れる、涙の物語の日なんだって都合良く解釈して俯瞰していけるくらいの図々しさはあるから、とことん自分に優しい物語を紡いでいこう。


しがみつく流れ




毛布の感触を確かめる間もなく 日々は怒濤のように過ぎていく


流れに合わせる術は持ち合わせているが 時々置き去りにしていた感情の芽が あぁこの人を傷つけるだろうなとわかっていても 流れの勢いに任せて突き抜けていく


そんな毎日を過ごしていたら 毛布の感触どころか自分の感触さえ失ってしまいそうだ


せめて今日は丁寧に顔を洗おう 朝の始まりのこの時間だけでも 自分を洗い流せるように


両手の平で水をすくい その冷たさを鼻先で感じることのできる世界は 鍵盤に落ちる雨が奏でる音に包まれているようだった



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