「わかった、もう家の車には二度と乗らない💢」

そう私が啖呵を切ってから5ヶ月が過ぎた頃。

 

90歳を過ぎた、夫の父親が白内障の手術を受けるため、入院をすることに。

入院の準備をして送って行くのは夫。

カレンダーをよく見れば、翌日退院の日は夫の仕事の日。

 

夫の弟は両親と暮らしています。なので、お迎えはどうするのかな?と気にはなっていました。

 

入院の日も近づいたある日、夫が「退院の日に迎えに行って欲しい」と切り出してきました。

!!!!!!!!!!!!!!!Σ(・□・;)

いきなり運転するだけでも不安なのに、人を乗せるの💦

 

 

 

 

 

 

コロナということで、自宅に戻っていた長女。去年の夏に運転免許を取ったものの、離れて暮していた為、ペーパードライバーでした。

 

夫が練習に付き合う気配がないことも多く(特に駐車の練習)、私はよく助手席に座っていました。極たま〜にですが、駐車の時や、初心者には難しい道など、運転を変わることも。

 

その時気づいたのです!

 

5カ月も乗っていないと、運転手の目線(歩行者や自転車の行動予測?)がすっかり鈍っていたことに。

 

 

そこで、こう提案してみました。

 

 

「当日までに、練習させて欲しい」と。

OKが出ると思いきや、

 

「じゃあ、いいわ。仕事休んで、俺が迎えに行く。」

 

え.....。「これから仕事を休む場面なんてどれだけあるかわからないし、休まなくても。」と。

 

あれこれ思案したのでしょう。何と!!   お迎えを長女に頼んでいました。いやいや、まだ一人で運転したこと無いって。

まだペーパードライバー。しかも初めて行く場所。

 

そこまで私に車を運転させたくないの?

 

カラータイプの白の【意志強固】、との【威厳】どちらも決断タイプのキーワードですが

運転させたく無い思いが強過ぎて、もう止まらない......そんな気持ちを感じさせます。

お迎えを、長女に頼むなんて、本人も、自分の頑固さに気付いているんでしょうけどね。

 

 

長女も当然、私がついて来るものと思っています。

 

 

そして当日、自動的に私は助手席へ。

娘は、メイン道路から病院へ入る道がよくわからず、「ここ、ここ〜」と合図を送って、無事に病院に到着。

おじいさんの歩みは、それはそれは遅くて、長い渡り廊下を通り、駐車場へ着く頃には30分以上が経っていました。普通に歩けば10分程度の距離です。

 

 

コロナが心配だし、と車椅子をお借りしませんでした。

こんな事なら、簡易の車椅子、持ち物に書いて欲しかったな。

 

 

とにかく、無事に家に着きました。

 

今回の件では、頭の中をたくさんの??????????????が。

でもちょっと待てよ。「わかった、お迎えに行くね」と快く返事をして、心配だから.....と切り出せば、すんなり行ったのでは?

 

グレー【用心深い】つまり不安と、の責任感から来る、【常識的】当然練習してからじゃないと、という考えから出てきた言葉ですが、オレンジの【仲間意識】や、水色の【サポート】のような「引き受ける」という気持ちを先に示せば良かったのかも。

そう気付かされました。

 

 

どうやら、私も不器用なようです(^^;;

 

 

そもそも私がどうして「もう家の車には二度と乗らない💢」と言ったのか、それは次回お話ししますね。