キャンディがラガン家にいた時に世話していた馬のシーザーとクレオパトラ。
アルバートさんはこの2頭を探し出し、17歳?の誕生日パーティーでプレゼントします。
このシーザーとクレオパトラのエピソードから、あとがきにある言葉を考えてみました。
まずはアルバートさん宛の手紙から
シーザーとクレオパトラはとっても仲が良かったの。お互いをとても思いあっているのがわかりました。それを引き裂くなんて──。ラガン家が、イライザとニールが許せなかった。下巻p306
キャンディとテリィはイライザの罠で引き裂かれてますから、2人をシーザーとクレオパトラで見立てたエピソードだと分かります。
そして2人はその後どうなったのでしょう?
キャンディ宛の手紙を読むとみえてきます。
うるわしいほど仲のいいカップルだね。シーザーとクレオパトラが再会したときの喜びようを君に見せたかった。人間も動物も変わらない 下巻p310
NYでの辛い別れの後、キャンディとテリィはまた巡り会えたのです。
なので、シーザーは"あのひと"にも置き換えられます。
じゃあ、あのひと=シーザーならアルバートさんにも置き換えられるかと言うと…
それは無理な話です。
そこで改めて、「あのひとは曖昧にして、謎のままにした」という原作者のあとがきの解釈に相違があることについて考えてみました。
①あのひとは1人だけど、それが誰かは原作者は答えない。
②あのひとはどちらにも取れるように書いてある。
仮に②の解釈が正しい場合、どのエピソードもどちらにもあてはまると言う意味であって、このエピソードはテリィ、あのエピソードはアルバートさん、と言う意味は成り立たないと思ってます。
そうなると、シーザー(あのひと)はテリィにしか置き換えられないのだから「あのひとは曖昧」の解釈は、①の"あのひとは1人"だよね、という結論です。
でも、「あのひとは曖昧」の解釈と想像の世界を楽しむことは分けて考えるもの、と思ってます。 (o^^o)
おまけ
小説に登場する花々とは無関係ですが…
サザンカとホトトギスが咲きました
11月でもハイビスカスが咲いてます^ ^


