みなさんこんにちは まるんぷです。
今回は!EL6の新曲!DOGMAを考察していきたいと思います!
その前に注意書きさせてください。
今回の考察はあくまで私の個人的な考えです。考えというのもおこがましい、妄想とでも思ってください。こじつけだろうと思われても仕方のないくらい私に都合のいい解釈をしています。正しくないところもあるだろうし、というか間違っているとこだらけです、おそらく。それでも私なりに考えて文字にどうにかまとめたって感じです。人によってはその考えは違うんじゃないか、と思う人もいると思います。それでも温かい寛容な心で読んでいただければ幸いです。
そして、公式様ではないただの1ファンの考察が受け入れられない、あるいは公式様の発表するものがすべて、という方はここでブラウザバックするのをおすすめします。ここから先記載することに抵抗の無い方だけお読みください。
長々と失礼しました!それでは考察していきます!
DOGMA 簡単紹介
DOGMAの意味
1番と2番での違い
MVの謎
歌詞の参考元
まとめ
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DOGMA 簡単紹介
まず最初に、「DOGMA」を簡単にですが紹介します!
この曲は8月から始まる『Element Sicks Live Tour 2026 SAVE』の表題曲です。
ライブタイトルのSAVE(救う)やサムネイルからわかる通り、RPGやファンタジーの世界観です。教会のようなところで、宗教味があります。
イントロからゾクゾクする壮大さにメンバーの芯の通った声が重なって最高にかっこいいです!聖歌隊の讃美歌のような声も入っているので対比となってより力強さを感じます。冒頭にあるリーダー春希くんの「運命が消し去ろうとも」の声の響き方は本当に教会で聴いているかのようです!一瞬で惹きつけられます!
そんないかにも唯一神を信じていそうな世界観でこの曲は神でも世界でもない、自分を、自分の意思を「確かなもの」として信じろというようなメッセージが込められています。
作詞はEL6のプロデューサー けったろさんがされており、細部に至るまでのひとつひとつに意味が込められています。
改めて今回は、けったろさんをはじめとした制作陣の方々・メンバーの皆さんが込めた想いを紐解いていこう、というものです。
DOGMAの意味
まず曲名「DOGMA」
直訳は「教義」もっと硬い言い方をすると「絶対的な真理として信じられる教えや原則」という意味です。
YouTubeの概要欄に記載されているDOGMAの説明では「自分の意思がこの世で唯一の確かなもの」とされています。そのままとらえればこの曲に込められた意味は「自分を信じろ」だと思います。でもそれだけではないと考えています。その裏に「EL6を信じろ」も含まれてるんじゃないでしょうか。この曲はそう感じさせるだけの強さがあります。
1番と2番での違い
この曲は1番と2番でフォーカスの当てられている場所が変わっているんじゃないかと考えています。
そもそもこの曲が表題曲として掲げられているライブツアーは公演内容が分かれています。ひとりひとりの強さを見せる「The One」と、6人での強さを見せる「The All」です。この「The One」が1番に、「The All」が2番に当てはまるんじゃないかなと思いました。
DOGMAの1番を冒頭からではなく「見失って 右に倣え」からだと考えさせてください。まずここの時点で1人なんですよ。なんでかって、見失って仲間に聞くのではなくて大衆の流れに流されているからです。この「右に倣え」はミケランジェロの『最後の審判』に引っ掛けてるんじゃないでしょうか。右側の人は天国に行ける、なぜなら右=right(正しい)だから。「倣う」とは「まねる」こと。だからここでは大衆的な、あるいは常識的な正しさをまねろ、ということなのではと解釈しました。なんで信頼できる仲間じゃなくてよく知りもしない大衆をまねるのか、聞ける仲間がいないから。こう考えれば右に倣う理由も納得できます。1番はこうして周りに流されるところから始まります。Aメロ・Bメロで大衆が信じている『神』など『天国』などないことに気付きます。気づいたことは「正しさ」なんてないってこと。「正しさ」とは全部『神』に都合のいい予定調和だということ。そしてサビで疑うことをDOGMA(教義)として掲げるようになるわけです。私のイメージはサビで自分の意思を持ち始める、1人の力強さが「The One」という感じです。
次に2番ですがここで仲間(EL6)に出会います。具体的にどこか、ラップパートの「我が道行くバックパッカー」だと考えています。バックパッカーとは自由に旅する個人旅行者のことです。大きな特徴として自由度が高いこと、そして旅先に出会う人たちとの交流を大事にすることです。自由に我が道行く中で同じような仲間(EL6)に出会ったのだと考えています。そして2番のサビ前「この薄汚れた僕らを」と言っています。僕らを、とです!もう1人ではありませんね。さらに大事なのはそのあとサビに入ってから!「『根底』を覆せ」と歌っているんです!EL6がデビューから、いや6人集まったその瞬間から掲げ続けたものをですよ!ひとりじゃない、仲間がいるから歌えるんです。2番、特にサビに「The All」が詰まっていると感じました。
以上のことから1番と2番で「The One」と「The All」にフォーカスが当てられていると考察しました。
MVの謎
次にMVについて考察していこうと思います。
歌はもちろんのことMVもバチバチにかっこいいDOGMAですがいくつか気になるところがありました。そこを掘り下げていこうと思います。
まずはじめにこの鎧の騎士です。1番Aメロに登場します。この騎士はいったい何を表しているのか、これは『神』への信仰の象徴を表してるのでないかと考えました。有名な鎧の騎士の中に「聖ゲオルギオス」というキリスト教徒がいます。彼の持つ『聖ゲオルギオスの竜殺し』の伝説はキリスト教の「悪に対する信仰の勝利」の象徴として広く語り継がれています。この曲はキリストではなくもっと架空の『神』を信仰の対象としていると思いますがその神への信仰を表現するのにゲオルギオスは、もっというと形のある鎧の騎士は適していたのだと思います。人には見えない『神』をより深く信仰させるための遣い、とでもいうのでしょうか。目に見えるだけで人は簡単に信じますから。そんな鎧の騎士ですが「一切の救いもなく 使者は手向けと謳う」という歌詞の時にバラバラになっています。一切の救いもない=本当は神など存在しない、という暗示なのかなと思います。それでも使者(鎧の騎士)は『神』の存在を自身への手向けとして謳い続けている…まるで「壊れた(死んだ)のは仕方のないこと、神の…正しさのためだ」とでもいうかのように。なんて、哀れな騎士なんじゃないかなと思いました。聖ゲオルギウスの最期もキリスト教を迫害しようとした人たちに抵抗しての、殉教だったそうですし。
次にこのハープです。これは1番と2番の間奏で出てきます。神秘的な美しいハープですが2番の「Then God said. 異端者ならリセット」に入るタイミングで倒れてしまいます。
これにも意味があると考えています。それは何か、前の【1番と2番の違い】の考察で1番では『神』がいないこと、自分の意思を持ち始めたことを歌っているのではと考察しました。まさにその「神がいないこと」を表しているんじゃないかと思うんです。この曲はキリスト教の神を歌っているわけではありませんが参考にしている部分はたくさんあると思っています。そしてハープはキリスト教において重要な役割を持っています。ハープは礼拝や祝賀会でよく使用される、神を讃えるための手段です。要は『神』への賛美・祈りを象徴しているんです。それが倒れた。賛美も祈りも意味などない、信仰からの目覚めを表しているんじゃないでしょうか。そして信仰から目覚めた、『神』に都合の悪い存在となった者に「Then God said. 異端者ならリセット」と言うわけです。このリセットとはもしかしたら1番冒頭の「見失って 右に倣え」まで戻ることなのかもしれませんね。何もわからなくなって、大衆に流されて、また『神の正しさ』に縋るところまで。
そして散々話してきました。『神』の存在についても考えていきます。
曲中何度も『神』をかたどった彫刻が出てきますが2パターンに分けられます。
「顔が見えている」場面と「顔が見えない」場面です。
まず「顔が見えている」場面です。
この2シーンは顔が見えています。というよりは隠れていないのほうが近いですかね。1枚目は「『正しさ』などないものと知る」、2枚目は「ヘイト扇動 ペテン師 釈迦に説法」と歌っています。つまりどちらも『神』を否定している場面なんです。だからどちらも顔に影が落ちて薄暗い印象になっています。『神』などいない、みんなが信じているものなどただの偶像に過ぎなかった、そんな場面です。
次に「顔が見えない」場面です。
『神』の顔が見えない場面では必ずEL6が並んでいます。顔が見えない状態は先程と対照に『神』を信仰している状態です。ただ顔が見えない、つまり本当に存在しているのかわからないことを表しています。『神』を盲信している状態。一方EL6のメンバーは全員顔がばっちり見えている状態です。この世界に存在していることは誰が見ても一目瞭然です。「DOGMA」を背負っているのも6人の信念が分かりやすくなっています。実在するのか、そもそも何者なのかわからない『神』と実際にこの世界に存在しているEL6のあなたはどちらを信じますか、と対にしているのですね。もしかしたら「俺たちEL6を信じろ、ついてこい」という意味も含まれているかもしれませんね。
そしてもうひとつ、冒頭『神』に語りかけるシーンです。
この場面では『神』を信じていると考えています。正確には『みんなが信仰する神も間違いではない』です。顔が見えていて太陽光が当たって神々しさを感じます。『神』を全否定するではない、みんなが信じるものも確かに存在していると認めています。認めているからこそ語りかけているんです。
ただこの英文、簡単に翻訳すると
「親愛なる神へ 私はあなたに反抗します。私の正しさを証明するのに必要だからです。」
になります。私なりの解釈ですが、「自分の正しさ(信念のようなもの)を信じるので『あなた』のもとにはいられません。」という『神』との別れ、旅立ちを表しているのだと思います。自分の道に気付けたからその礼として「親愛なる神」と敬った言い方をしているのです。
ちなみにですが私はこの曲の時系列は1番→2番→冒頭だと考えています。
歌詞の参考元
ここまで何度もキリスト教をもとにしているのではと引き合いに出してきましたが実際キリスト教や考えを参考にしている部分はあると思います。例えば『最後の審判』もキリスト教の概念ですし、2番に出てくる「ヴィア・ドロローサ」もイエス・キリストが歩いたとされる道です。
そんなキリスト教の考えをもととしているわけですがこの曲の歌詞にはとある哲学者の考えも参考にされていると考えています。
それが実存主義のフリードリヒ・ニーチェです。
ニーチェは形骸化したキリスト教を否定し、人生を力強く生きていることを説いた人です。超大雑把に言うとそんな感じです。ニーチェ好きの方間違っていたらすみません。
ニーチェはかつて、ヨーロッパ精神の根底にあるキリスト教の博愛・同情・従順といった弱者の道徳を「奴隷道徳」と呼びました。神に縋って言いなりになって人間の本来の力を抑圧しているという考えです。まさに1番で歌われている「神の正しさを盲信する大衆」だと思いませんか?ほかにも有名な言葉「神は死んだ」は1番で伝統的価値の形骸化を歌っているととれますしハープが倒れるシーンなんか「神は死んだ」をある意味直接的に表しているともとれます。
メタ読みになってしまいますが、教養深くて自称厨二病のけったろさんが作詞しているのでニーチェとか哲学者の考えたくさん盛り込んでたらアツいなーって感じです。
まとめ
ここまで読んでいただきありがとうございました!まとめという見出しですがあの、まとめっていうまとめはないです。歌詞とかMVとかにいろいろ考察の余地あるよねー面白いカッコイイ歌だよねーていうのが伝わっていれば幸いです。まだDOGMA聴いていない人で興味持ってくれた人はぜひ聴いてみてください!
あとここからはただの私の感想ですが、この曲ライブツアーの表題曲なので確定でライブで見られるんですよ!楽しみでしかないです!2番終わりの長めの間奏とか絶対ダンス激カッコイイインストしてるのでほんと今からワクワクです!
改めて、読んでいただきありがとうございました!