今日は大好きなフリードヒ・ニーチェ
自ら努力もしないで夢を語る人間がいる。語るのは自由。努力なしで他人の力を常に頼りにしている人間は所詮成功しても、自ら努力して生きてきた人間に勝つことは出来ない。
目的、目標、などは常に変動している。目標などが一番わかりやすいだろう。毎日の目標、毎月の目標など、日常から常に変わることは誰もが経験しているだろう。
特に意思の弱い人間は、簡単に目的・目標をすぐに断念する傾向がある。これらの物は断念しても所詮、自分だけにしか迷惑がかからない。それだけ強制力がないと言う事だ。
それに比べ夢は違う。
夢があれば人格は常に向上していく。私は生きていく上で夢と言う種を、しっかり大地に植えてほしいと皆に訴えたい。
しかし、その『夢がない』と云う人間がいるのも事実である。
夢は不変なモノである。何かの拍子で急に現れたり、以前まで憧れだけに終わっていたことが、ある出来事がきっかけで突如現れることががある。
その小さなきっかけを見逃してはならない。
かという私は夢を追う者である。その中で大切にしているモノがある。
それは『信念』である。
信念と頑固は間違われやすいが、全く異なる言葉である。頑固は常に自分の考えが正しいと思い、他人の意見にも聴く耳持たず、時には間違った決断もする。一方、信念とは自分の考えを正しいと思うが、その過程で様々な物事に柔軟に対応出来るしっかりとした自らのプロセスがある。
人間には十人十色、目的・目標・夢がある。冒頭にも述べたが、目標などは常に変化する。だが『信念』だけは崩してはならない。自らの人生において永遠に変わることのない永久不変なテーマである。
それがしっかり根付けば、水という『努力』が注がれ、自ずと自分を取り巻く人達の暖かい太陽という『愛情』が降り注ぐ。
そして素晴らしい花がきっと咲くだろう。それが例え失敗に終わっても、信念を持った花なら、それはまた違った美しい花になり、新たな『自信』という活力になり人生観が変わるだろう。
決してどんなことにも信念を持って生きることだ。間違っても欲望に取り憑かれ、人を踏み台にしてはならない。『人を不幸にして、自分が幸せになる』という方程式はなりたたない。遠回りをしても良い。信念を持ち自ら挑戦する意気込みが大切である。
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