ラストサムライ、マトリックス。この辺の映画を見たとき、俺は高校生でした。
マトリックスを初めて見たとき、俺は人間の思考の深さと、フィルムに表現された得体の知れないけど力強い情念に圧倒されました。その時の俺は何を思ったか。確か、人の温かさを感じていたような。大切にしたいって思いました。
そして、ちょうど3年経った冬。
今では、あの時俺を取り巻いていたモノの大部分はどこかへ失せて、忘れ去られようとしていたアルバムが物置から見つかったかのごとく、今日その番組がテレビで放送されました。あの頃と少しも変わらないはフィルムの表情だけ。
気持ちがうつろい、迷っているのは俺だけです。フィルムは相変わらず同じ表情で俺に語りかけてきます。変わらぬ何かをうったえようとしてきてくれます。すごいと思って欲しいのではなく、だたわかってもらいたいのだと言っているかのようにです。
ただ、俺が分かってあげられていないのです。何かから発信される必死の叫びを少しでもいい、わかってあげられたらと思います。3年前、つじつま合わせの答えを求めて、その過程にある理解を求めなかった俺の手からは、だんだんとあらゆるモノがすり抜けていって、あの頃の温もりは今ではただの思い出になってしまいました。
数式の等式を見ずに答えだけを見たところで、そんなところに理解などありません。
そういった作品だけでなく、まわりの人の心だってそうです。今でも俺は、どれほど多くのモノをそんな風にして黙殺し続けているのでしょうか。そして、その事が分からないというのは、あまりにも悲しいことです。
答えなんて間違っていたっていい。ただ、理解したいのです。そんな当たり前の事が、俺は今でもできずにいるのです。それをなしに、どうして人を惹きつける器などができましょうか。俺の等式は間違いだらけです。