この話知ってます?ドラえもんの作者、藤子・F・不二雄さんはもう10年以上前にドラえもんの完結を完結されることなく、この世を去りました。そんな中で、ドラえもんの最終話は残された僕たち人間の間で、いろいろな形で語り継がれることになり都市伝説となったそうです。
そして、その中のひとつ。
その中のひとつがむかえた完結が、あまりにも素晴らしいモノでした。それをある人がマンガにして、同人誌として世の中に出回ることになりました。
みました。
もうそれは、言葉にできない程、神の領域に至ってしまったお話でした。
もう、この完結しかないだろうっていう気持ち以外起こらず、他の気持ちがつけいる隙がありません。
これ程までに、この話が導き出された必然性を感じたことはありません。これは、藤子・F・不二雄さんが思い描いていたことだったのでしょうか。いや、ひょっとしたら作者自身、この必然を見いだせていなかったのかもしれません。だから、最終話を書くことなくこの世を去ってしまったのではないでしょうか。
藤子・F・不二雄さんがどう思っていたかはご推察しかねますが、どう思っていたにしろ、この結末が導かれることは必然であったのではないかとさえ、俺は思います。
ドラえもんは偉大な作品です。どれほど人間に影響を及ぼしてきたかは、量り知れません。その作品はいつしか作者の手元を離れて、そしておそらくこの先ずっと、人間が知覚することは永遠にないであろう力や法則の元に、結論まで導かれたのではないのでしょうか。
そう考えると、作者がドラえもんを生み出したこと、俺たちの間にドラえもんが広まったこと、誰もがその話その話に共感したこと、そして作者が、最終話を書かずして逝ってしまったこと。これらすべては、運命とも必然とも呼べる、でもなにかもっと広義な意味をもつモノ(俺はそれを言葉で表す術を知りません)によって決められたことなのではないでしょうか。
なんか鳥肌が立つくらい恐い気持ちになってきますね。。そんなモノ、きっと四次元空間に自由に飛び込めたとしても、逃げ切れそうにないですね。タスケテ、ドラえも~ん。。
この最終話。いつか是非見てみてください。しっかり覚悟ができてからの方がいいですよ。
俺は不覚にも、クレヨンしんちゃんの映画を見た直後に、リンクで飛んで見てしまったので、なんだかすごく残念だったような気がしてなりません(笑)お気をつけて。。