最初の主題から刺激的な'韓国の反日'について話してみようと思います
短く話すと韓国の反日は、独裁政治の影と政府の無能です
朴正熙(パク・チョンヒ)と、それ以降の軍事政権の際、自国民の怒りと抑圧を他のところで注意を向ける必要があり、李承晩(イ・スンマン)の過ちによって、日本の手先どもを清算していないがいてその怒りを好転させるには十分でました
韓国戦争以降、韓国は国土と財政がきわめて深刻な貧困状態だったが、初代大統領、李承晩(イ・スンマン)が熱狂的な親米主義者だったため、積極的に米国との協議に臨み、米国の莫大な経済的支援を頂きました(フランスに続き、世界で2番目)
しかし、李承晩(イ・スンマン)の暴政と弾圧に嫌気がさした国民は反政府デモをするようになり、ついに李承晩(イ・スンマン)は亡命を行くことになります
(https://namu.wiki/w/%EC%9D%B4%EC%8A%B9%EB%A7%8C/%ED%8F%89%EA%B0%80#s-2.3.6.4)
以降、弱くなった指導力を乗じて'朴正熙(パク・チョンヒ)'がクーデターをするようになり、以後の故・朴正煕の弾圧が続きます
彼は無慈悲に国民を死地を追い込み、自国民を戦地に、鉱夫として看護婦に甚だしくは娼婦にまで作りました
その過程で愛国心を注入させる必要があり、、
先立った李承晩(イ・スンマン)が日本植民地時代の手先を処断しなかったことにあるてその銃口を反日に回すことになります。
大多数の市民たちは日本の植民地時代の苦痛を経験した人でありその補償は合意されたが、
いざその補償金は朴正熙が道路を作るのに使われ、
誰にも報われなかったその怒りを日本に向けるようになります
すべての放送やマスコミは検閲されたために可能なことでした
'日本'の感じがするという理由の検閲も可能なものだった反日、抗日が愛国の基本だという認識が社会に蔓延しました
彼が銃に撃たれて死ぬ前まで彼はそれを継続し、彼が死んじゃった後も、相次いでクーデターが起きて独裁を続けました
軍事政権が終わったのは1992年であり、その歴史はそれほど古い歴史がありませんが
人々は、米国の助けと自国民の搾取に行われた経済成長を見たからこそ、朴正煕に対する忠誠心が強いました
彼らが社会の主要勢力となり教師もマスコミも市民も反日が愛国行為だという認識を持つようになります
真の朴正熙(パク・チョンヒ)時代の終末は朴正熙の娘、朴槿恵が弾劾された以降だと言えます。(2017.3.10)
その間、朴正熙(パク・チョンヒ)の郷愁を懐かしむ人が多く、彼の最も熱烈なケチプライジュの一つが反日だったために韓国人らは、論理的な考えが不足しました
教育も無条件的な注入と暗記中心になっていたからに思考力が不足するためでした
韓国の人に'日本が嫌いか?'と聞かれたら、'日本人はいいが、日本、日本政府は嫌いだ'と多くの人たちが言うことです
今になって朴正煕の経済成長が自国民を奴隷にし、膨大な社会問題を作って不健全な方向で、成長したことに対したことを認知しました
最近になっては、北朝鮮と中国の脅威が続いて内部でも声が出ています
安哲秀(アン・チョルス)も比較的有能な人だから対日政策の転換点になることができそうです
両国の不信が、今は減少しなければならないと思います
まだは内部で'親日'という単語が慎重ですが今度の安哲秀(アン・チョルス)政権をきっかけに多いのが変わることは確実です
両国の協力がうまく行われことを祈願し、ここで文を終えます
P.S:Ctrl+zクリックを誤った風に書き込みの段落が飛んでいって少しぎこちない部分があります