インフルの影響で今日から学童が休みになりました



仕事を早めに抜けて学校に迎えに行き



他の学童の子はどうするんだろうか?と思い



唯一連絡先を知ってるママさんに電話すると



できれば見てて欲しいと言われたので、友達1人連れ帰りました



初めて来たので最初はぎこちなく遊んでましたが



すぐに馴染んで騒ぎだしました



夕方仕事に戻る時間になり、友達を家まで送るとき



戸締まりして出るからと、帰り道を指示して先に二人を出しました



自転車ですぐあとを追いましたが



いない



一旦家に戻り人に聞くと、二人で歩いていったのは見たとのことで



別の方向に自転車を走らせ、また人に聞くと



そこの細道に入ったというので行ってみたら



二人で楽しそうに歩いてました



「こんなとこ入ったらわからないよ」



と注意すると



俺がわかるようにと



電柱にペンで矢印を書いといたらしい…
前日の疲れからか



携帯のアラームを一時間間違えてセット



急げば間に合ったけど、遅刻させてもご飯を食べさせる方が大切だと思い



朝食をとらせて9時に登校



そして夕方学童に娘を迎えに行くと



娘ではなく



校長が出てきた



子供の土台作りのためには



早寝早起き朝ごはん



大変だと思うけど小学校の生活はあっという間だから



等々



いろいろお話ししてくださいました



こんなに親身になってくれる校長に



少し感動



もう本当に気を付けようと思いました



俺が小学生だった頃の校長って



ただ話が長い爺さんという印象しか無いな
宿を出てそのまま仙台の病院へ



花を買っていくが、看護師から



「花は渡すことが出来ない、子供も会うことはできない」



と言われて緊張しながら集中治療室に入ると



点滴やらなにやら身体中につけた叔父がベッドでラジオを聞いてました



前日の意識が無く、酸素マスクをつけた状態から激変したと看護師が言ってた



まだ原因不明らしいがとりあえず良かった



しばらく昔話をして



またの再会を約束し墓参りに向かいました。



いつもの様に酒や饅頭を御供えして仙台を出たのが16時



ラジオから事故渋滞で二十数キロと聞こえてきたので、途中から下道で8時間かけて帰宅



途中ナビが壊れたこともあり、レンタカーの延長料金はとられずにすんでちょっとラッキーでした