高学歴ASD夫と、傷つきやすく不器用なADHD長男との共存



いい加減、パパの学力、能力、気力、タスク処理速度。。等々

それから外れている人、それている事、不十分な事を

責めるのはやめて下さい。


パパが、自分だったらこうやる!もっとやる!こんな成績で、これもあれもやらないままいない。。。


と、いつも例えるけど、

パパと同じ人はこの世で誰1人いません。


その価値観で、パパのフィルターにかけて、周りの人、特に家族、子供を篩い分けるのは、やめてください。


パパが子供の時に、嫌だと感じた事、知らずに同じ事をしていませんか?


俺は、自分の親父のように、叩いたり、殴ったりしていない。

と言うかもしれないけど、

その後に感じたやるせない寂しさ❓孤独❓

それに近いものを、自分の子供に感じさせていると思います。


何故って❓

それは、その子の今の姿、ありのままの子供の姿を受け入れようとしていないから。

その姿を、強く否定しているから。

否定した眼差しで、子供を見るから。


親だから、子供に望む理想の姿、期待、誰しも抱きます。


何事にも怯まず、チャレンジして、失敗したら克服できる様努力を重ねて、そしていつしか成果を出して。。


でも、その理想とかけ離れた子供は、価値がない子供でしょうか?


結果論で、結果を出せていないかもしれない。

結果が全てかもしれない。


でも、その結果までのプロセスを理解して、前に進める様に後押ししてあげて、見守るのが親ではないのでしょうか。


それを伝えると、甘やかしに過ぎないと言います。


本人の特性故に困っている事に、手を差し伸べることは甘やかしとは違うと私は思います。


高学歴ASD夫が、ADHDの特性があり、順序立てて勉強出来ず、良い成績を出せない子供を受け入れるのは、無理なのでしょうか。。。


私が、自分と似ている息子の特性を理解して、それを夫に理解を求める。


なぜ、親なのに理解してあげようとしないのか。。。と思う。


でも、夫のASDの特性→相手の気持ちがわからない、理解しようと思えない〜これは、夫の特性であり。。。


やはり、それを私は理解しないといけないのだろうか。。でも、年々息子の傷は深まるばかり。


この葛藤の渦の中にいつもいます。