チビ太「ノラエモン、昨日ね、シスカちゃんと結婚した夢を見たんだけど…」
ノラエモン「どうしたの?」
チビ太「実は、婚姻届を出していよいよ挙式というところで目が覚めてしまったんだ」
ノラエモン「まぁ、夢だからね」
チビ太「だからさ」
ノラエモン「嫌な予感がする」
チビ太「夢の続きを見られるアイテムが欲しいなぁと思ってさ。あるでしょ?」
ノラエモン「やっぱり、そうきたか。あることにはあるんだけども…」
チビ太「やっぱりあるんだね。ちょうだいちょうだい」
ノラエモン「でも、これは…、とても危険なものだから…」
チビ太「いいじゃん。出してよぉ。ちゃんと使い方を守るから」
ノラエモン「じゃぁ…いいかい、これは連日使ったら駄目だよ。見たい夢が見られたらすぐ使うのはやめること。それぐらい危ないからね」
チビ太「わかったわかった。ノラエモンは心配症だからね」
ノラエモン「…。んじゃ出すよ。『悪魔の夢』」(ちゃんちゃららったたーん)
チビ太「なんだいそれは?枕みたいだけど」
ノラエモン「君の欲しがっていたものだよ。これを使って寝ると君が見た夢の続きが見られるんだ」
チビ太「すごいじゃないか」
ノラエモン「でも、本当に危ないから…」
チビ太「大丈夫、挙式を挙げたらもう使わないよ」
ノラエモン「そうか、じゃぁ、はい。んじゃ僕はちょっと未来に行ってくるから」
チビ太「用事?うん、わかった。気をつけてね」
目の前にあるのは、普通の枕。
若干、半信半疑ながらもチビ太は寝てみることにした。
・・・
夢。
カラーンカラーン。
どこかで鐘の音が響く。同時に多くの拍手と歓声。次第に明瞭になる景色は純白に彩られた憧れのあの人。
チビ太「綺麗だ」
シスカ「ありがとう。私もうれしいわ」
うれしそうにはにかむ彼女。照れくさいのか、うつむく彼女も愛おしく感じる。
タケシ「おいおい、初っ端からノロケか。たくのぼせやがって」
ヒジオ「まぁまぁ、われらがアイドル、シスカのあの姿を見れば俺だってのろけるよ」
コスギ「本当、お似合いだね」
悪態をつきながらも心から祝ってくれる親友達。その羨望の向こうに自分がいる。
なんという幸せ、湧き上がる高揚感。
舞い上がる花びら、飛び立つ白い鳩。両脇には笑顔であふれる友人達。その先には白のオープンカーがあった。
チビ太「行こうか」
シスカ「ええ」
式場を後にする。行く先はもちろん成田空港だ。
チビ太「本当に、僕でよかったの?」
ふと不安になって聞いてみる。
シスカ「そうね、それよりそろそろ起きた方がいいと思うわ」
チビ太「へ?」
ママ「チビ太、学校に行く時間よ」
チビ太「な?」
気づくといつもの狭い和室。学習机に本棚、ふすまと「見慣れない」景色に唖然とする。いや、見慣れているはずなのだが、存在感が希薄なのだ。自分がここにいるという存在感が。イキナリ見知らぬ土地に舞い降りた寂しさが湧き上がる。
ママ「ボーとしてないで。さっさと起きないと遅刻するでしょ?」
その言葉に一気に覚醒する。そうだ、ここは自分の部屋ではないか。あまりにも出来た夢だったせいで、寝ぼけていたみたいだ。そう思い、体を起こすとひどい虚しさに襲われた。だが、長く寝すぎたせいだなと思い返し、学校へ行く準備をする。
チビ太「今日は、算数、国語…げ、宿題やってない」
昨日はあの枕でそのまま寝てしまったので宿題をやっていないのだ。仕方なく、そのまま登校し、予想通り先生に怒られる。
先生「廊下に立ってなさい」
予想通りにたたされる。みんなはまたかと嘲り、シスカも呆れ顔。帰り道にはタケシとヒジオが待ち構えていた。
タケシ「やーい、今日も立たされてやんの」
ヒジオ「今日で連続何回目だ?」
逃げるように帰る。シスカと話すこともない。むしろ恥ずかしくて話せない。この頃は視線さえ痛い。こんな僕が結婚なんて持っての他だと思う。
所詮は『夢』なんだろう。シスカとの結婚なんて。ノラエモンが将来はそうなると言っているけれどもそうは思えない。自分とでは彼女はあまりに釣り合わない。
だから、僕は『禁忌』を破る。あの枕を使おうと思う。連日使ったら駄目だと言っていたけど、所詮は『夢』だし、誰に迷惑をかけるわけではない。ただの『夢』ではないか。
チビ太「いい『夢』を見よう」
そう思い、帰ってきてから速攻で布団をひいた。ノラエモンはいない。
夢。
その日は幸せな新婚旅行、新婚生活を『見た』、いや『感じた』。自分が思った幸せを余すことなく、俺は満喫した。だってそうだろう、自分の『夢』なんだから。
翌日、例によって起こされるとひどい倦怠感に襲われた。寝ている時間は10時間以上だったから体がだるいのかなぁと感じたが、むしろ向こうで過ごしている時間も起きている気がして全然休めていない感じがする。
鏡を見ると酷い顔だった。両目の下にはクマができ、少し痩せた、いや頬がこけた気がする。
ママ「大丈夫。具合でも悪いの?学校休む?」
チビ太「大丈夫だよ。ちょっと体調を崩しただけだよ」
いつもなら学校休める口実が欲しいぐらいなのに反発したのは、自分でも恐ろしくなったからだ。
現実味のある夢。夢のような現実。
この二つにどんな違いがあるというのだろうか。実際、昨日と同じような現実が待っていた。宿題を忘れて、立たされて(家に帰ってから朝まで寝ていたから当たり前だ)、からかわれて、またシスカとは目も合わせず帰ってきた。
そして目の前にはあの『枕』がある。今頃になってこの枕の恐ろしさに気づく。
これはどんな便利アイテムより便利なんだ。自分が願うこと、思うことをそのまま再現してくれる。それがどれだけ恐ろしいかは自身の体で感じた。昔読んだ四字熟語辞典に「胡蝶之夢」というのがあった。荘子が夢で胡蝶になって楽しみ、自分と蝶の区別を忘れたという故事だが、今ならそれがわかる。この枕は自分という認識が溶けていくのだ。自分という軸が揺れるのだ。それはいわゆる『セカンドライフ』、『第二の自分』。
では、今の自分は何だ。
あっちの世界に引っ張られるたび、こっちの自分は消えそうになる。どちらも自分だけれどもそのズレが自分を混乱させる。みんなから尊敬される自分と、そうでない自分と。
夢と現実と。現実と夢と。
一体、どっちが『リアル』なんだ。決まってる、『現実』だ。
しかし、この『夢』はあまりに魅力的な『現実』なんだ。
チビ太「…起きなければ」
そう、いつも誰かに起こされて目覚める。目覚めなければ、目を覚まさなければ、「こっちの世界」に気づかなければ、それは「夢」なんじゃないだろうか。
僕はついに決心する。ノラエモンのスペアポケットから「石ころ帽子」をかぶる。これで誰かに気づかれることはない。僕は『現実』にさよならする。そう思ってふっと笑った。今からこっちが『夢』になるんじゃないか。
夢。
いや、現実。
シスカとの幸せな日々は続く。仕事は順調。同期の中では一番の出世頭で上司の受けもいい。子宝に恵まれ、信じられないほどの幸福な人生だ。
幸せ、そう俺は幸せを手に入れた。だが、
チビ太「ノラエモン、何故『君』がいない?」
だって、彼は『夢』の存在。俺の人生の中では虚構でしかなく、想像上の存在だ。
彼が「この世界」にいること、それは『現実』を否定することになる。
だって「あっちの世界」を否定することで得た『現実』だから。
チビ太「彼は俺の夢にいてはいけない存在なのか」
・・・
不意に涙が出る。自分は何を失ったのか。シスカに愛を語らえば、期待通りの答えが返ってくる。友人はみんな期待通りに俺を褒める。けなすヤツなんかいやしない。
地球は知り合いだらけの狭い存在になってしまった。望むべきことが入ったというのに俺は何でこんなに穴だらけなんだろうか。
チビ太「虚しい…」
思わずつぶやいた。望むべきことを得て、望むべきことをして、そして何も感じなくなっていく。まるで最初から決まった勝ち馬に賭けたみたいな人生。
チビ太「なんなんだ、この世界は」
これが、現実。俺が望んだ日々。
チビ太「なのに何で、『現実味』がないんだ」
ノラエモン「それはこれが『悪夢』だからだよ」
どこからか、声が聞こえた。
ノラエモン「でも、もう覚めない。君が選んだからだ。悪夢はもう覚めないんだよ。さようなら、チビ太君」
チビ太「待ってくれ、ノラエモン。戻してくれ、『僕』を。この世界から出してくれ」
虚空に叫ぶ。どこにいるかわからない彼にむけて。
ノラエモン「方法は一つしかないんだよ。それは誰かに起こしてもらうこと。『現実』を誰かに教えてもらうこと。人が存在感を感じるのは『他人』がいてこそなんだよ』
チビ太「だったら、ノラエモン、僕を起こしてくれよ。君ならできるだろ?」
ノラエモン「無理だよ。君は石ころ帽子をかぶっているだろ。自ら君は他人を捨てたんだ。もう誰も君という存在に気づけない。もちろん、僕もね」
チビ太「そ、そんな」
ノラエモン「ごめんよ、チビ太君。もうどうしようもないんだ」
声はそして聞こえなくなった。言葉なく、立ち尽くす俺。失った大きさに愕然とする。
しばらくして、優しい笑みを浮かべたシスカがやってきた。
シスカ「どうしたの、あなた?」