ゆう@子育てパパ

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直木賞作家、葉室麟(はむろ・りん)さん(62)が最新作『陽炎(かげろう)の門』(講談社)を刊行した。清廉の武士を描いて感動を呼ぶ葉室作品だが、今回の主人公はちょっと異色。冷徹非情で不義不忠の悪臣とそしられる「氷柱(つらら)の主水」こと桐谷主水である。人生に後悔はつきものだが、人はその後ろめたさに向き合い、己を見失わず生きられるか-。10年前の友の死が過去の大事件につながり、謎が謎を呼ぶ展開は息もつかせない。失意からの回復というテーマは、多くの現代サラリーマンに勇気と力を与えてくれそうだ。(山上直子)
■組織での中で「矛盾」と向き合う
「組織の中で生きていれば必ず矛盾はあるもので、一度、その矛盾と向き合ってみようと思った。大事なのは自分を見失わない、ぶれないこと。簡単ではないが、それでも自分はこうだと思って生きていくことは可能だと私は思うんですよ。異色作かもしれませんが」と笑う葉室さん。
自身、地方紙の記者としてサラリーマン時代を長く過ごした。自分を貫くことはサラリーマンにとっては1つの理想ではあるが、なかなかできないこと。「してみたいことだなあ、という思いがあって書いてみた」という。
物語は、九州・豊後の架空の黒島藩が舞台。若くして執政に上った桐谷主水(きりやもんど)が、重臣しか通らない門をくぐり登城する場面から始まる。
出世を果たした主水に周囲の目は冷ややかだ。主水は心に苦い過去を秘めていた。10年前、派閥抗争にからみ、親友を陥れたともささやかれている。間違ったことはしていないと信じてきた主水の前に、新たな“証拠”が舞い込んだ。友は冤罪だったのか? 謎を追ううちに過去の大事件の暴かれざる真実に近づいていく…。
■自分を貫き通す
描かれるのは、かたくなゆえに誤解される主人公の、不器用だが自分なりの筋を通す生き方だ。
「屹立(きつりつ)として立つものが内にある。寂しさやつらさに耐え、自分を貫く生き方はきれいだなと思うんです。自身を悪人という主水は一見そう見えないかもしれませんが、きれいな人として描きたかった」
藩という組織の中で、もまれながら出世をめざし、時に迷い悩む姿は、時代を超えて現代サラリーマンの共感を呼ぶ。クライマックスの覚悟のせりふが秀逸だ。
「曲げぬ、逃げぬ、屈さぬ。それがしは、不忠、不義の悪臣、桐谷主水でござる」
それにしても、なぜ悪人なのか。テーマの背景には東日本大震災への思いもあったらしい。
「この年になると人生の宿題があると思っているんです。あのとき、ああしたのは間違いじゃなかったかという負い目や悔い…。小説を書くのは、その答案を書いているようなもので。もう一つは後ろめたさです。東日本大震災のとき私は九州にいて、義援金やできることはしますが、本当の意味で苦しさを共有するわけじゃない。自分の中の負の部分にも向き合いたかった」
■AKBもいいけど堀北真希も…
今年はすでに3冊目。昨年直木賞を受賞した『蜩(ひぐらし)ノ記』は、小泉堯史(たかし)監督ら黒沢組で映画化され、来年公開予定だ。
映画「蜩ノ記」は、役所広司、岡田准一、堀北真希、原田美枝子の豪華キャストで映画に。AKB48ファンで“有名”だが、ヒロインを演じる堀北さんについても「いやぁ、いいですね」とにっこり。
「小説は読者が読んではじめて完成する」というのが持論。悪人が主人公と聞いてどんな変化球かと思ったら、実はど真ん中の剛球ストレート。陽炎が立ち昇る門のラストシーンには、葉室作品らしい、やさしい後味が残った。
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