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クラボウが昨夏発売した綿100%のスラックス用形態安定生地「ETERNALVEIL(エターナルベール)」は、シワができやすいなど、綿の生地が抱える欠点をできるだけ解消し、業界では夢物語とされていた「形態安定スラックス」を実現した。その成功を支えたのは、ある技術者の「常識を打ち破りたい」という強い信念だった。
綿スラックスは家庭で洗濯できる利便性がある一方、ウール(羊毛)に比べ膝裏にシワができやすい。また、一定時間履くとセンタープリーツ(中央の折り目)が消えてしまうため、ほぼカジュアルパンツとして普及していた。さらに、綿100%の生地は形態安定加工が難しかった。
それだけに、洗濯してもほとんどシワが残らないエターナルベールのパンツは「究極の形態安定スラックス」と評判を呼んだ。アパレル(衣料)各社がビジネス用スラックスの生地として採用し始めている。
それまで、形態安定のシャツやパンツは、加工しやすいポリエステルなど合成繊維が主流だった。しかし、消費者からは「ごわごわして着心地が悪い」「汗を吸い取らず、べたべたする」といった不満の声が上がっていた。
こうした中、同社は20年以上前から、洗濯や降雨で綿スラックスのセンタープリーツが崩れないようにする綿生地の形態安定加工技術の開発に取り組んできた。10年ほど前からは、本社の営業やマーケティング、他工場の紡績技術者らを2カ月に1度、徳島工場(徳島県阿南市)に派遣し、特色ある製品づくりを目指す「徳島プロジェクト」を立ち上げ、同様の技術開発を目指してきた。
しかし、なかなか結果は出なかった。肌触りが柔らかく、着用時のシワをある程度少なくする技術の開発にも成功したが、天然繊維である綿は形態安定のための加工薬剤をつけ過ぎると、生地が傷んで破れやすくなる。このため、大量の加工薬剤を使えず、洗って乾かしてもある程度はシワが残っていた。
業界団体のアパレル製品等品質性能対策協議会(アパ対協)が規定しているW&W性(ウォッシュ&ウエア性)という防シワ性の指標がある。洗濯後のシワの状態を1~5級に分け、数値が大きいほどシワが少なく、5級は「シワがまったくない状態」を示す。クラボウの過去の技術では3・2~3・4級までが精いっぱいで、この等級では、アイロンをかけなければならなかった。
失敗を繰り返す中、不可能と思われたプロジェクトに再び名乗りを上げたのが、徳島工場で、品質チェックを手がける加工技術課の小島丈典さんだ。小島さんはかつて、当時の工場長がつぶやいたひと言を今でも忘れられない。「綿の着心地をそのままに家庭でも洗濯でき、ウールのようにシワにならない画期的な素材ができれば、必ず売れるはず」
本社や東京支社の営業部門からも同じような要望が寄せられていた。全社の期待を受け、小島さんが夢の素材の実現へ向けた挑戦を始めたのが平成21年初めだった。
小島さんは当初、通常のチノ・パンツ用の綿生地に従来の5倍程度の薬品をつけて、形態安定加工したところ、洗濯後にほとんどシワが見当たらないW&W性4級を達成できた。しかし、その成功はぬか喜びに終わる。「引っ張ったり、引き裂こうとしても生地が破れることはなかったが、すぐに擦り切れる弱点が見つかった」からだ。
糸の強度を高めるのも苦労した。綿は天然繊維のため、顕微鏡でのぞくと一本一本の糸が折れ曲がっている。そこで糸を膨らませる技術を使って、まっすぐな円柱形にして強度を高めた。
また、これまでの形態安定の加工薬剤では綿糸の表面しかコーティングできず、それが糸をもろくしていた。小島さんは粒子の細かいナノ(10億分の1)レベルの加工薬剤を糸の内部まで行き渡らせることで、生地が擦り切れにくくなることを発見した。
1~2週間に1度、さまざまな加工薬剤の組み合わせを実験。しかし、理想の生地にはほど遠く、「あきらめかけたこともあった」。
それでも、通常業務をこなしながら、空いた時間でコツコツと実験を繰り返した結果、23年初め、数百回の実験を経てようやく満足できる生地が完成した。綿スラックスを試作して工場の技術者らが50日間試着したところ、まったく擦り切れない。洗濯して乾かしてもほとんどシワが残らず、センタープリーツはしっかり残ったまま。品質検査機関のボーケン品質評価機構も「W&W性4級」と太鼓判を押した。
「やればできる」。困難を乗り越え、技術革新を成し遂げた小島さんから、クラボウ社員はチャレンジ精神を学んだ。(藤原章裕)
■ETERNALVEIL(エターナルベール) 「永遠の」「不滅の」を意味する英語「ETERNAL」と、「薄衣」などを表す「VEIL」を組み合わせた造語。クラボウが、生地と被服の分野で取得している1500点以上の商標の中から選んだ。「いつまでもシワにならず、いつまでもセンタープリーツが残るかつてない素材なので、エターナルという言葉をどうしても使いたかった」(繊維事業部営業統括部マーケティンググループの内田淳さん)という。
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