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最大で32万人の死者がでるとの想定が示された南海トラフ巨大地震。津波による厳しい被害が考えられる和歌山県や三重県など太平洋の沿岸部では、これまで前例のなかった、被災前に集団で高台移転を検討する必要性が高まりつつある。東日本大震災の被災地で調査や復興支援をしている研究者らからは、耐震性が高く、大規模造成の必要のない斜面地の利用を進めるべきとの声が上がっている。
■集落内の斜面利用を
「東日本大震災における建築家による復興支援ネットワーク」(アーキエイド)は、被災地の高台移転計画を手がけている。
その中で、被災した集落の近くに適当な移転先がなく、被災場所から約1・5キロ離れた造成地への移転計画が進んでいる集落がある。漁業を営むこの集落では漁具の置き場が必要なため、車で移動が可能な世帯は、この造成地への移転を検討しつつある。
しかし、車で移動ができない高齢者らは「被災した元の集落に近い場所への移転」を望んでいるという。とはいえ、被災集落の近くで高い場所は、風がきつく、なかなか適切な場所がみつからないのが現実だ。
そこで、現在提案されつつあるのが、集落内の敷地の最上部にある斜面地の利用だ。「斜面地に棚田状に住宅を配置すると、海への視線を遮ることなく、漁業をするうえでも、防災上も都合がよい」という。
■揺れに弱い人工造成地
京都大防災研究所斜面災害研究センターの釜井俊孝教授は、住宅地として斜面利用を提案する。
「三陸地方の沿岸部では斜面地の表土層が薄いことから、岩盤に住宅の基礎を置きやすく耐震性が高まる。これから高台移転を検討する西日本も地層が古く、斜面の岩盤は固い」という理由からだ。
釜井教授は東日本大震災=マグニチュード(M)9=後、国土交通省の調査による地盤の危険度が高かった箇所の大半を占めた仙台市のほか、宮城県白石市、福島市内を調査した。
その結果、調査した53カ所のうち、自然の地盤で発生した2カ所をのぞく、51カ所が人工的に盛り土などをした場所で地すべりを起こしていた。
またこれらのうち、7カ所は、昭和53年に起きた「宮城県沖地震」(M7・4)でも、地すべりを起こしていた。
これらの被災箇所は、1960~90年代にかけ、郊外の丘陵地に造成された場所。これらの造成地は、斜面を削った切り土部分や土を盛って平らにした盛り土部分があり、調査によると、これら境界部分で盛り土側への沈下や斜面の変動、液状化による隆起や沈下などがみられた。
■斜面利用に発想転換を
「震度6以上になると、人工的な造成地は地すべりなどを起こす危険性が高くなる」と釜井教授は指摘する。
阪神大震災では約200カ所で大規模な地滑りが起き、兵庫県西宮市の仁川では34人が犠牲になった。新潟県中越地震でも長岡市で地すべりによる被害が出た。
こうした造成地は、大阪府の北部や泉北地区のニュータウンにも多い。
釜井教授は「危険箇所を住民に知らせ、警戒を促すほか、万全ではないが、くい打ちをしたり、地下水を抜くなどの対策は必要だ」と警告する。
実際、東日本大震災の被災地でも、くい打ちを十分にし、液状化を防ぐ集水井(しゅうすいせい)(井戸)を設けたり、一部地域を緑化するなどした造成地は被害は少なかったとされる。
しかし、地震への対策を施した人工の造成地でも、東日本大震災や南海トラフで起る地震により発生する長く続く揺れに影響をうけやすい。
では、斜面地にどのような住宅を建てれば日本の風土に適した住環境が得られるか、斜面地ならではのライフスタイルがあるとすれば、どういうものか。
「そのひとつのかたちを、志賀直哉の「暗夜行路」にみることができる」と、日本建築構造技術者協会関西支部幹事の樫原健一氏はいう。
舞台となった広島・尾道は、瀬戸内海に面した古い町で、海と山に挟まれた斜面地を巧みに利用し、お寺や幼稚園、小学校とともに多くの住宅がたち並んでいる。幅一間ほどの坂道と階段であるが、勾配(こうばい)のある路地と適度に配置された踊り場は人々が声を掛け合い、車が走り回り、緊張感が強いられる都市部の道路にはない安心感の得られるプロムナードだ。
「海辺に近い斜面地にこのような住宅を共有できれば、平地に勝る住環境が得られる。棚田のような住宅街をつくり、平地市街の密集を緩和すれば、津波に負けないまち作りのモデルになるのではと思う」と指摘する。
釜井教授も「地震に強い国土にするためには、三陸の復興地や西日本沿岸部の高台移転の計画では、等高線に沿った斜面地の有効利用を考えるべきだろう」と力説する。
棚田状に家屋が広がる町並みはそのまま高台への避難路にもなる。やはり、自然に沿うことが最良の防災になりそうだ。
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