景数 | 94景 |
題名 | 真間の紅葉手古那の社継はし |
改印 | 安政4年正月 |
落款 | 廣重画 |
描かれた日(推定) | 安政3年秋 |
江戸名所花暦に
「真間山弘法寺、下総国着飾郡、江戸より三里余。本堂の前に楓あり。高四、五丈余、たぐいなき名木なり」
とあり、この名木の間から風景を描いたものと思われる。
題名の解説をしてみよう。
真間は地名で現在の市川市の丁目として、京成電鉄の市川真間駅、真間川などに名前が受け継がれている。
手古奈とは手古奈伝説のことで、手古奈という美女が住んでいて水汲みなどの仕事をしていたが、言いよる男が多く、しつこい男たちを扱いかね、また長くない一生をはかなく思い、真間の入江に身投げしてしまった。人々は哀れに思って霊を神に祭った。絵に見える鳥居のあるところが手古奈明神である。
継はしとは、真間の入江は砂洲が多いが、その砂洲を渡す橋を継橋と呼んだ。継橋は絵の真ん中辺りに見える。
次に絵の色合いを見てみよう。 紅葉は退色して紫かかっているが、元は赤だった。赤は退色しやすい。
最後にこの絵の描かれた日を推測してみよう。
広重は真間の絵を嘉永3年刊行の絵本江戸土産の1編に描いている。ただし構図は似ていない。しかし江戸から東に向かった中で最も遠くの絵をわざわざ出向いたとは考えにくく、この嘉永3年の絵から想像して描いたのではないかと推測する。
この記事で参考にした本
広重の大江戸名所百景散歩―江戸切絵図で歩く (古地図ライブラリー (3))
江戸名所花暦
高橋誠一郎コレクション浮世絵〈第5巻〉広重 (1975年)