只今、家には私とみけやましかいません。
こんなときだからこそ、怖い話でもしましょうか。
実際、そんなに怖い話ではないのですが。
もう「彼」はいなくなりましたしね。
信じる信じないは貴方次第。
では、参りましょう。
今朝、日記にチラッと書いた事なんですが、今日、「彼」は父と共に沖縄へ帰り…帰りというのもおかしいのですが、帰りました。
「彼」とは、己の名前も思い出せない兵隊さんです。
二年前、父が沖縄に行き、そのまま連れて帰ってきました。
父にまともに聞いてはいないのですが、父も「彼」が傍にいた事は気付いていたみたいです。
その頃、私は不眠と鬱を患っており、「彼」を見た時は導眠剤と安定剤の副作用だと思っていました。
しかし、みけやまは「彼」に気付いており、当初はその風貌から凄まじく威嚇していました。
その風貌。
右腕が無い、喉が抉れている、左手も赤く爛れ、いかにも「戦死」か「自決」かどちらかの道を辿ったものでありました。
しかし、「彼」は何かをしてきたわけではありませんでした。
ただ、家にいたんです。
気がつけば、みけやまも「彼」に慣れてしまいました。
はっきり言って、怖かった。
見た目がね。
しかし、私も「彼」に気を取られている暇なんてありませんでした。
とにかく、寝なくては。
とにかく、治さなければ。
そんな風に日々を過ごしておりました。
一月経った頃でしょうか。
やはり眠れず、己の不甲斐なさに悶々としていた七月の夜中。
気付くと、「彼」は私の枕元に立っていました。
しかも、何故か傷が治った状態で。
そしてその時、「彼」が初めて私に話しかけて来たのでした。
「眠れませんか」
私はただ、「彼」を見ていただけでした。
答えない私を見て、「彼」は、
「何も怖いものなんてないんです。だから、安心して眠って下さい」
と、言ったのです。
…いるじゃないですか、怖いものが。
しかし、私はその言葉を聞いて、本当にぐっすりと眠ってしまいました。
遅刻しました。はい。
それからは、時折姿を見かけるだけに留まりました。
みけやまの顔を一緒に見ていたり、母が食事を作るのをじっと見ていたり。TVに興味深々だったり。
彼の声を聞いたのは、眠れなかったあの日から、つい先日までなかったです。
そして、先週の土曜の夜中。
久方ぶりに、「彼」が枕元に立っていました。
でも、夢かもしれないのです。
私も起き上がったものですから。
二人で向かい合わせて座り、話をする事になりました。
私は、色々な事を尋ねました。
そこで分かった事は、「彼」はぎりぎりまで戦おうとしたが、上官と共に自決したという事。
死んだ時の記憶こそあるものの、己が何者か、分からないという事。
帰りたいけれど、どこへ帰ればいいのか分からないという事。
帰りたいという事なので、「靖国神社へは行かないのか?」と尋ねました。
すると、「まだ呼ばれてはいないのです」という返事が。
御霊として御祭されていないのか?と思っていたのですが、違うのだそうです。
おそらくあちらに名前があると思う。けれども、自分はまだ、そこには行けない。呼ばれていないから。
ちょっと意味が分かりませんでした。
じゃあ、私と行きますか?と尋ねたんですけれど、「呼ばれてないから」と言うので、話を変えました。
なぜ、父についてきたのか。
それは分からないそうです。
私にも分かりません。
話は尽きませんでしたが、最後に「彼」は言いました。
「沖縄に戻ります」
おそらく彼は、最後だからという事で話をしてくれたんだと思います。
珍しいものがたくさん見られて嬉しかった。
猫がとても可愛かった。
でも、沖縄の、あの場所に戻ります。
呼ばれるまで、沖縄を守ります。
それが最後でした。
で、次の日、私は起き上がれなかったわけですが。
体力というか、気力というか、そんなものが一気に無くなるという経験をしました。
でも、「彼」はどうして、最初の風貌から無傷の状態になったのかな?
「彼」はどうして、ここに来たのかな?
「彼」は、誰に呼ばれるのを待っているのかな?
でも、なんとなく分かるのです。
「彼」が呼ばれるのを待つ、その人を。
その人、と呼ぶには私にとって大変おこがましい事なんですが。
なぜなら「彼」は、「呼ばれるまで、沖縄を守ります」と言ったのですから。
というお話。
因みに、私は今まで、沖縄に行けた事がありません。
過去三回か四回は計画を立てたのですが、どれもこれもキャンセルという憂き目にあっています。
怖くなかったかな?
信じる信じないは、貴方の勝手ですし。