『 天使の涙は、流せない 』
ゆっくりと
こころから
身体から
本来の温かさが
失われていった
影さえも
薄くゆらぐ
陽炎が
ひかりに溶けて
消えかかっていた
気づけば
幾つもの後悔を
抱え込んだまま
天井の底に
横たわっていた
生きているのか
深い闇と
淡い夢とに染まる
純白のベッド
消毒液の
清らかさと正しさに
戸惑いながらも
不思議と
諦めの心地よさを
感じていた
今宵もまた
自らのゆりかごを
抱えながら
眠りにつくのか
絶望という
重さを纏って
横たわる物体
私にできることは
何もなかった
かけてくれる言葉が
痛かった
幾つもの優しいナイフが
私の弱さに
突き刺さる
いのちの際に
立ち会っている
つもりでいた
なのに
来る日も来る日も
最期のひと葉は
頑なに
踏みとどまった
私には
まだ
できることがなかった
朝陽の中で
暖かな夢を見た
それは次第に
私から重さを奪い去り
五感をつまんで
空へと舞いあげた
とうとう
最期のひと葉は
失われたように感じた
もう何処にも
見つけることは叶わないと
憂いた
暫くは
ひかりの眩しさで
目が明けられなかった
やがて徐々に
私は今を
取り戻していった
そこに見えたものは
枝という
枝じゅうに葉をつけて
生い茂る
一本の大木だった
私はこちら側に
戻ってきてしまったのか
初めから
あちら側もこちら側も
無かったのか
どうして
ほっとしているのだろう
やっと私を
癒やしてゆけると
いうのだろうか
いのちの際にいたとき
天井を見つめながら
何ひとつ
できないと思った
でも違ってた
息することが
できていた
涙することが
できていた
わがままだって
言うことができた
諦めることも
挫けることも
落ち込んで塞ぎ込むことも
怯えながら
眠りにつくことさえ
私にはできていた
できないことは
何もなかった
やれることも
やれていることも
沢山あった
できないことは
まだ
やれてないこと
やれてないと
認識してしまう
自分の弱さだった
私たちが
生まれる前にいた
ひかりの世界では
何ひとつ
できることがなかった
そこは
相対のない
あまりに完璧な
たったひとつの
世界だったから
天使の涙は
流せなかったんだ
私たちを
通してでしか
流すことが
叶わなかったんだ
朝陽の
柔らかな橙に
包まれながら
涙にも
温もりがあることを
初めて知った
天井を見つめながら
私には
できることがあった
握られた温もりに
似たような
温もりを返すことが
できる
向けられた微笑みに
似たような
微笑みを返すことが
できる
誰かの
優しい眼差しに
似たような
かたちのないものを
お返しすることが
できる
いのちあるものの
儚き夢のつづきが
どうか
幸せでありますようにと
祈ることが
できる
そして
何より
いま、ここで
生きることが
できていたから
ありがとう
今日も出会ってくれて、ありがとう!