前回のブログの内容と似たものがあり,、タイムリーでしたので紹介したいと思います。

フットボールサミット第二回
「中田英寿という生き方」

より抜粋(省略)。





中田の中学時代の有名なエピソードに次のようなものがある。

当時、甲府北中のコーチをしていた皆川新一は、試合に負けた生徒たちに罰走として50本のダッシュを命じた。




<子供たちは不承不承ながら当然のことのように罰を受けたのですが、ヒデだけはベンチの脇に立って走ろうとしないのです。

怪訝に思った私は、

「どうして走らんのだ!」と語気を荒げたのです。

ヒデの答えはこうでした。

「走る理由がわからない。 俺たちだけが走らなければならないのは納得できない。皆川さんも一緒に走ってくれ。 だったら俺も走る。」 >(山梨のサッカー 山日ライブラリー)







このとき中田英寿は中学二年生になったばかりだった。

論理的に考えれば、誠に中田の言うとおりであろう。

試合に負けたことについては、選手にも責任はあるが、指導者にも大きな責任があるからである。

中田にとって幸運だったのは、皆川が凡百の指導者と異なり、中田の話の論理性を認めて自分も共に罰走に参加するような人間だったことである。


日本の指導現場では、「はい」と返事をして言われたことを素直にやるのが、「いい子供」であるという通念が強いのではないか。

おそらく大多数のコーチは、罰走を課して中田のように反論する子供がいたら、「子供に口答えされた」 「自分に逆らった」と感じ、感情的になって激怒するだろう。

その結果、中田は排除されていたかも知れなかった。






<ヒデ少年は、ある意味では問題児だったと言えるかもしれません。
中二事件の時、私が、ふざけたことを言うなと殴りつけていたら、果たして中田英寿という個性は、世界に羽ばたくことができたでしょうか。

そう思うと、私は時々ぞっとすることがあるのです。>


<ドイツの子供たちは、試合前のミーティングで、コーチの指示に対して必ず説明を求めてきます。

「なぜこのシステムで戦うのか」 「なぜこの戦術をとるのか」。

それに対してコーチは、システムや戦術の意図をきちんと説明します。

そうやって納得させないと、ドイツの子供たち(ヨーロッパの他の国の子供たちもそうなのでしょうが)は動かないのです。

ドイツ留学中、こうゆう場面に出会うたびに、ヒデはこのタイプのこどもっだたのだなあと思いました。

日本の子供としては独特の個性ですね。

彼がヨーロッパのサッカーで通用しているのは、このヨーロッパ人に似た個性の持ち主であることが要因のひとつなのかもしれません。>

このように、ヨーロッパでは当たり前の個性が、日本社会では圧殺され、「問題児」 「変わり者」 「偏屈者」にされてしまう。

したがって中田の半生は、母性社会日本の中で、強い論理性といういわば「父性」を持った彼が、圧殺されてしまうのか、それとも生き延びて成功するのか、というテーマを帯びたものであった。

このような危機は数知れないほどあっただろう。 しかし中田はそれを乗り越え、生き延びた。

そして英雄になった。



以上 フットボールサミットより抜粋。




文責:3776




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