COCOサン家のCOCOサン

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いつの間にか10歳・8歳・5歳の三兄弟育児。愚痴りまくりの妻。頑張れ夫!

スクールカウンセラーさんの教育相談を受けてきました。

苦しんでいる人、求めるものが多い人ほど

多分がっかりするんだろうけど(知人の話では「何もしてくれない!」と思った人が複数人いたようで)

私は「カウンセラー」って、話を聞いてくれて、あわよくば心を軽くしてくれる人、

と思って行ったから

むしろ得るものは多かった方だと思います。

 

ざっくり一言で自分の気付きをメモしておくと

 

他者を支配しようとしない

 

ということ。

 

「息子のイライラに親はどう接したらいいでしょうか」というのが大きなテーマだったんですが

まず「息子さん、大変でしたね。かわいそうでした」(去年のめちゃくちゃな学校生活の話をかいつまんで聞いてもらいました)

 

この「第三者」に「かわいそう」と言ってもらえたことは私にとって大事なことでした。

まず「息子は大変な思いをしたんだ。しているんだ。頑張ってきたんだ」ともう一度私自身が心の底から認識できたのは

これから先息子と接するベースラインを整える意味で、すごく重要だったと思います。

今までは、加害者になってしまって、「息子がすみません」と頭を下げることしかできなくて。

息子の非ばかりに目が行っていたと思います。

本当は被害者だったのに。自分の身を守るために加害者にならざるを得なかったのに。

誰もそんなことは考慮してくれない。

手を出したら終わり。

全ては手を出した方が100%悪い。

それでおしまい。

 

「息子さんはかわいそうだった」

その一言で目の前が明るくなりました。実際には泣いたんで目の前はかすんでいましたが笑

やっと真実を真実として受け止めてくれる人に出会えたんだと。

 

そして「イライラしている時に息子さんに言葉は入らないと思います。落ち着いた時に話してみてください」が最終的な返答の一つでした。

 

そして気付いたのが

「私」こそ息子を「正論」で「支配」しようとしている側だったということです。

私は「息子」が「怒り」に「支配」されているのであって、それをいかな手段でも「落ち着かせ」なくてはならないと思っていました。

 

息子の怒りをどうこうしようと思うこと自体が間違っていたのだと思ったのです。

怒りを鎮めるのは息子本人であって

私であってはならないのだと。

 

もちろん「怒り」の状態の息子が悪いことをすれば、それは注意します。

弟に殴りかかったり、暴言を吐いたりは「悪いこと」です。

でもそれ以外は「息子をコントロールしよう」としなくていいんだと。

むしろそうしようとすると反発され、冷静になるのに時間がかかる。

 

彼の感情は彼のもので、彼にしか宥められないもので、彼が支配しなくてはならないもの。

 

カウンセリングを受けた正にその日に長男は弟と喧嘩していたのですが

色々とこじれはしましたが、長男をなんとかしようとするのはやめておきました。

すると、その数時間後

「ぼく〇〇できたでしょ?まぁ喧嘩はしちゃったけど」と自分から反省の言葉!

 

「落ち着いたタイミングに話す」ってすごく難しいことだと思います。

だってせっかく落ち着いているのに小言をぶり返すみたいで。

せっかく落ち着いているのに息子が怒りだすんじゃないか。

どう話し始めたらいいか分からないなって。

 

それが、自分から話し始めたので

「そうだね、次は喧嘩しないように頑張って欲しいとお母さんは思ってるよ」と伝えました。

ちょっと困ったような顔でニヤッと笑って、逡巡のあとかすかに頷いたので

その一言で十分私の思いは通じたと思いました。

なので、それ以上話し合うことはしませんでした。

「話し合う」ってたった一言で済むこともあるんだと思った瞬間でした。

 

これは夫にも、全ての私が接する人にも応用できることでした。

つい「持論」で無意識に相手を「支配」しようとしてきたんだなと。

つかの間の優越感のために。

やっとそれを今手放すということが実感として分かるようになりました。

もちろん今後もまだまだ苦戦はするでしょうが。

 

それが分かると、周りの人も、無意識に「相手を支配しよう」としているんだなと分かるようになりました。

でもそれは別に意図的に攻撃的になっているわけではなくて

誰にでも起こる心理なんだと思います。

ゆったり構えて、じっくり聞いて。聞く価値がなければ耳半分。

「対話」をするっていうのはお互いを尊重して、相手を支配しようとせずに話すこと。

そういうことなのかなと。

 

そういえば長男も頭ごなしなしゃべり方を弟にしばしばします…

親が彼を支配しようとし過ぎていたんだなと。

遺伝子もあると思いますけど。

これからはちょっと私も接し方を改めることができるかな。

Let goの精神で。