こころびと -14ページ目

こころびと

こころびとは、悩んでいたり迷っていたり、
一歩を踏み出せないあなたにそっと寄り添う仲間です。
セラピーカードを使ったりカウンセリングをして、
心のスイッチを押していくお手伝いをしていきたいと思っています。

木曜日の朝方に見た夢に、またまたパワーストーンが現れた。
半分寝ているんだけれど、半分はどこか醒めていて
この石は何なんだ、今私が持っている石に似ているなぁ、
でもちがうかなぁ…、何で夢に出てくるんだろなどと考えている。

こんな時は寝た気がしない。完全に睡眠不足

またまた、パワーストーンの夢を見るなんて
いったいどういう意味があるんだろうと
目覚めてからも考えてみたものの意味不明で、
その日は午後から打ち合わせで
出かけることになっていたので、
準備に追われて出かける頃には
すっかり夢のことなど忘れていた。

打ち合わせも終わりの頃、おもむろに
「実は、こんなのが手に入るんだけれど…」と
打ち合わせの相手の方が出してこられたのが、
モンゴルの岩塩を使ったペンダントだった。

「あれ?どっかで見たような…」
一生懸命思い出して
「夢に出てきた子だ!」と思った時には
鳥肌が立った。

きっとご縁があって私の夢に出てきたくれたのだわ。

今、私の手元にあります
はい、いただいてきました。
(無理強いしたわけでも、ゴロニャンしたわけでもないです。
ご好意でくださいました)
きっと素敵なことがありますよ。
うふふ

↓この子です。すごくパワフルですが、
純粋で、優しいエネルギーです。

昨日、気仙沼に暮らすSさんから電話をいただいた。
「今、阪神淡路大震災の17回目追悼式をテレビで見ていて、お電話してみました」と
同じ被災者としての労りの電話だった。

私とSさんは、同じ被災者だけれど内容が全く違う。
Sさんは、未だにご主人は帰ってこられていないし
舅姑さんを亡くしておられる。

私はというと、お蔭様で住むところも職場も
亡くした人もいない。
だけれど、心が疼くときがある。
心の傷は自分が思っている以上に
癒えていないのだろう。
私でさえそうなのだから、肉親や親しい人を
亡くした方の17年を思うと
掛ける言葉もない。

被災者であっても、状況は千差万別で
ひとくくりにすることができないと
つくづくと思う。

復興は一人ひとりの置かれている状況で
全く違ってくるのだ。

東日本大震災から10カ月。

これから先の不安も大きいと思う。
でもSさん、今を生きましょうね。
今は未来に繋がるから。

私も精一杯、今を生きようと思います。
お電話、本当に嬉しかったです。
ありがとうございました。


とってもきれいだったので思わずパチリ

今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
ご縁に感謝いたします。

17年前の今日、5時46分。
職場からずっと西の街で暮らしていた私は
気持ちよく眠っていた。

カタカタ、カタカタ…。

ガラスのジュエリーケースの上に置いていた指輪が
音を立て始めた。

その音で目覚めた私は、
最初、何の音かわからなかったが、
「地震だ」と気付いた時には
大きな揺れが建物を左右に振っていた。

一瞬、観念しかけたけれど
少しずつ揺れは収束していったし、
マンションから見えるJR線も電車が走っていたので、
まさか、あれほどまでの惨状であるとは
私は想像もしていなかった。

ただ、その頃、私は無性に家に帰りたくて仕方がなかった。
お正月明けで情報紙の原稿の締め切りが
間近に迫っているにも拘らず、
とにかく早く、うちに帰りたかった。

三宮の地下街を歩いていても、
「ここでもし火事でも起きたらどうする」など
ネガティブなことばかりが頭を過ったり
駅のプラットホームで電車を待っていても、
周りの人がセピア色に見え、
エネルギーが漏れ出ているのを感じたりしていて、
ただただ私は自分がおかしくなっているんじゃないかと不安になった。

何でそんなことを思ったり感じたりするのかわからずに
1週間が過ぎた頃に阪神淡路大震災はやってきた。

あれから17年。

どんなに時が経って、街が街としての体をなしても
地震以前の生活には戻れない。

地震がなかったら今どんな生活をしているか
想像しかできないけれど、
今を精一杯生きることしかできないだろうな。
それが、ご供養になれば嬉しいのだけれど。

今年はいつも以上にいろいろなことを考えた
17回目の記憶だ。



今日もとりとめのないことを書いてしまいました。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
ご縁に、感謝いたします。