ちょいと固い文章を...(笑)
発心(ほっしん)を継続することも、黙思(もくし)することなくして、いたずらに慮(おもんばか)りなしに行うていたら、到底その目的を遂げ得られぬではないか。
と、新渡戸稲造はいう。
そしてこう続ける。
大伸の前には大屈がある。
足を屈みてジャンプするがごとき、飛躍する前には、グッと力みなぎらせることが大切だと...
「易教」においても、「飛龍」に至る出発点は「潜龍」であると書かれている。
潜龍とは大志を抱き、力を蓄える時期のこと。
坂本龍馬が飛龍となったのは、文字通り「龍」馬が市中にて「潜」む歳月の中で徐々に「志」を決定(けつじょう)するに至ったからだろう。
さらにこう続ける。
大いに発心する前には、大いに沈黙する必要がある。
発心を継続して行くには、単に惰力のみで進むことはできない。
継続の途中にたゆむ心が起こった時は、自ら励まし自ら奮って静思沈黙することが必要である。
それゆえに、昔の聖人賢人は日に三たび省みると言っている。
論語の中に「吾日三省吾身」とある。われ日に三たびわが身を省みる...「三」はたくさんという意味なので、一日に何度もわが身を省みる、という意味。
そしてこう続ける。
折々自分のことを省みるには、黙思が必要である。
新渡戸稲造著「修養」より抜粋。
おぉ~ カチカチのブログやないか( ̄ー ̄;
まぁ もうひとつのブログ「続☆講演旅情」ではキューピーと戯れてばかりだから、ここではカチカチでも良しとするべ o(〃^▽^〃)o
日常の時間のスピード感覚をちょいと麻痺させて...
静かに沈黙し内省する時間。
心の体力を高める時間。
大切ですなぁ...
電車のなかで黙思するもよし。
喫茶店で行きかう人々を眺めながら黙思するもよし。
ぶらり立ち寄った居酒屋のカウンターで徳利傾けながら黙思するもよし。
書斎で黙思するもよし。
布団の中で黙思するもよし。
風呂に入りながら黙思するもよし。
トイレで黙思するもよし。
さぁ 黙思するべ
「...んっ?」
「...騒がしいなぁ」
「...黙思、黙思」
「...楽しそうな声が聞こえてくるやないか」
「...誰や」
「...いかん、いかん、黙思、黙思!」
おっちゃん、遊ぼうよぉ~
「誰や」
おっちゃん、遊ぼうよぉ~
「また...戯れてしまった」 ( ̄Д ̄;;