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cocorofull days

hiro@色魔法使いのオーラソーマと七転び八起きな日々

手放しの7つのレベル 2日目

コース2日目です。
参加前は、コース中ずーーっとめそめそしてたらどうしようって心配でしたが
そんなこともなく、平和に過ごしています。
というかね、わたしは、めそめそし始めると蛇口の壊れた水道になるから
さすがに4日間それは辛いとびくびくしてました。
あと2日残ってますが、なんとか乗り切れると信じます。

今日の内容は講義よりワークが中心で、楽しかったです。
手放しのプロセスを歩いてみたり、4本セレクションから手放しとの関係性を見たり
手放しに必須のスペースを与える、受け取るを体験してみたり。

マイク氏の説明にもありましたが、手放しは観念や概念をもてあそぶのではなく
実践してなんぼなんだなぁと、本当に、つくづく、しみじみ実感しました。

手放しのプロセスを実際に行ってみると、
ワーク前とワーク後で全然自分の内側の感覚が違っているのがわかりました。

ワーク前は、置いていかれるさみしさがぐわーっとわき上がったり、
「行かないで~」って寛一お宮みたいなすがりたい気持ちがありましたが
ワーク後には「行ってらっしゃーい」「おかえりなさ~い」みたいなノリで
我がことながら、笑えてきました。なにこの、使用前・使用後、みたいな。

むしろ、B91に到着したときは、還りたくなくて、ずっとそこにいたかった。
「え? あの世界に戻るんスか?」って。
競争ではありませんが、手放したモン勝ちって気がします。本気で。
さっさと手放したほうが、軽いし、楽になれるんだなぁって。

それと、手放しって、手放す対象がわかんなくてもいいんだなってことも、新しく発見。
もちろん、自覚的に意識的に手放す必要があることもあるし
「手放すぞっ!」て手放すことも、とても意味があると思います。
だけど、「なんかよくわからんけど、とても苦しい」ことの正体を
探して探して、トラウマとか過去世とかほじくりかえしたって
原因がわかんないときはわかんないもんです。
もしかすると、自分のものじゃないときだってあるかもしれない。
そんなときに、深い呼吸をしながら、ただ出ていくままに任せる。
理由も何もわからないけど、自分にとってもう必要でなくなったものを
ただ手放すがままに任せる。
そういうことがあるってことも、体験させてもらいました。
これは参加者が大人数だからこそできるワークなんだろうな。

それから、ワークが進むにつれて自由は目の前にたくさんあることがわかりました。
あっちこっち探してたけど、思いっきり目の前にあった。うむ。


あとは、「手放す」を書き換えてきました。
いや、わかってましたよ。手放すってことにはスペースが必要だってことは。
そんなのね、オーラソーマじゃなくても、あっちこっちで言われてますよ。
だけど、やっぱり「頭」でわかってた、でした。

「手放す」ってことを、どこかで「えいやっ」て投げ捨てるというか
隅っこに追いやる、目の前から消し去る、そんなふうに理解してたんですよね。
(うわー、もろレッドのテーマだわ~)

だけど、「手放す」という字を見てくださいよ。
「手」を「放す」ですよ。文字通りですよ。そのまんま。
手を放せばいいだけのことなんです。
そして、手を放すにはスペースが必要なんですね。
ふうって息を吐いて、肩の力を抜いて、スペースを用意して
それでようやく、手を放せるんですよね。

それでいいの? って不安がむくむく出てきましたが
それでいいんですよ。
手を放して、握りしめていたものがなんなのか見てみる。
その上で、必要なら、もう1回、握りしめればいい、抱きしめればいい。
必要ないなら、そのとき初めて、自分の内側から溶けていってもらえばいい。
もちろん、何もしないで、そこに置いておくってのもありです。
べりって引っぺがしたら、そりゃあもう痛いし
そもそもかさぶたは必要があって傷を覆っているわけだから
そこを無視してはがしたら、また大出血するわっ!!

ということで、そんな感じの2日目でした。
よしなに、よしなに。

手放しの7つのレベル 1日目

この連休は、マイク氏のコースにデビューということで
「手放しの7つのレベル」参加中です。
ちなみに、わたしは写真を撮らない人なので、写真はありません。


朝は、行きたいけど、行きたくないよーと駄々をこねたので
最近お気に入りのK-POP、BeastのCDかけて、歌って踊ってテンション上げました。

Every Day I SHOCK!!

ちなみに、ファン歴1年くらいになりますが
未だに誰が誰だかわかりません。



さて、コースです。
コース名からわかるように「手放し」です。
はやりのアナ雪の「Let it go(レリゴー)」ですよ。

てかね、手放し手放し、うるさいってんだ。
そんな簡単に手放せるようなら苦労しないっての。
(初っ端から逆ギレ)
といいつつ、困難にしているのは誰だって話で
まあ、それは自分なんですけども。

なんというかね、手放した方がいいことは重々承知していても
居心地よいわけでも、楽しいわけでもないんだけど
握っている、しがみついている方が安心というか。
安心…してんのかな。どうだろ。
まあ、そんな感じです。

それで手放しの7つのレベルですが、7つのレベルって何さってもんです。
宮部みゆきさんの小説じゃありませんけど
「レベル7」まで行ったら帰ってこれなかったらどうしよう。
ああ、突き抜けるという意味では、行ったまんまでもいいんだけど。


うーむ……自分の文章を読んでいるだけでも、おろおろしているのがよくわかるな。


ともあれ、7つのレベルです。
オーラソーマに手放しボトルは数あれど、筆頭ボトルはB13(クリア/グリーン)です。
ドリカム回想録でも書きました、強力トライアングルの一角です。

そのB13が第1レベルで、順番に13を足していくとですね
B26、B39、B52、B65、B78、B91と続きます。
この7本のボトルが7つのレベル、です。
なにこのラインナップ。

個人的にね、B26とかB78は平気な気がするんですよ。
何度も使っているし、ワーク時はこっちも覚悟しているから
むしろ怖いのはB52とB91。
あれですよ、優しい人が怒ると実は一番怖いっていう都市伝説みたいなヤツです。

ただね、この7本のボトルがずらっと並んだ時の感想として
「ああ、希望で終わるんだな」って、すごくほっとしたんです。
ワークするぞって蓋を開けてみて、
奈落や深淵を覗いて終わりだったら救いがないじゃないですか。
パンドラの箱じゃないけど、ちゃんと希望があるんだなって。

時間かかるし、辛くて苦しいかもしれないけど、ちゃんと甘さが待っている。
それがわかっていれば、手放しもまた楽し…になるといいんだけどな。
どーだろ。


回想録6は今回と3回に分けて
生命の木を断捨離に重ねて書いてみようと思います。
さあ、意味がわかりません。自分でもそう思います。


ええっと、これは個人的な考えなんですけど
チャクラと断捨離、オーラソーマと断捨離は
実は重ねてみると、すごい理解が深まるなと思ってます。
それは、まあ、おいおいやっていくとして。


今回は生命の木から見た人生の流れを堰きとめる原因を
ドリカムコースの復習をかねて振り返ります。


生命の木は10のスフィアと22のパスからできています。
http://aura-soma.jp/basic/dtl_373.html  
(リンクは和尚アートユニティさんホームページです)


それで、1のケテルから10のマルクトまで、
滞りなくサラサラと恩寵が流れていけばいいのですが
そうは問屋がおろさないわけです。


そして、10のマルクトから1のケテルまで
煙がまっすぐにのぼるように、上昇していけばいいのですが
もちろん、そうは問屋がおろさないわけです。


10のマルクト(王国)がこの現実世界を表します。
9のイエソド(基礎)はわたしたちの人格を担っています。
7のネツァク(勝利)は感情、8のホド(栄光)は思考という意味を持ちます。
人格は感情と思考に依存しますので、イエソドはネツァクとホドで形成されるわけです。


それで、マルクト(現実)に生きるわたし(イエソド)が
すうっと6のティファレト(美)にたどり着ければいいのです。

6のティファレトは魂の場所でもありますから
人格が魂と繋がったら、つまり自分の魂の目的を意識に降ろせたら、
「自分って何のために生きているのかしら・・・」と悩む必要がないわけです。
ブラヴォーーー!


って、そんなうまくいくわけがなくて。
はい、注目してください。
9(イエソド)⇔6(ティファレト)の間に、ばっちり横切るパスがありますね。
もうこれ1本でも邪魔されてるって明らかです。
この「びゅんっ!」という横切り方の勢いを見た時点で、腰が引けます。


追い討ちをかけるかのように7(ネツァク)⇔6(ティファレト)と
8(ホド)⇔6(ティファレト)にも、強力ディフェンダーが存在するのです。


さあここで、オーラソーマのボトルに置き換えてみましょう。
7(ネツァク)⇔6(ティファレト)のパス:B13 死神(デス)
8(ホド)⇔6(ティファレト)のパス:B15 悪魔(デビル)
7(ネツァク)⇔8(ホド)のパス:B16 塔(タワー)



どんなトライアングルだよ(怒)!!!!!!!!!!



実際にボトルとタロットカードを置いたときは
頭かきむしって喚きたくなりました。
無理。ほんと無理。勘弁してください。
どうやっても、ティファレトになんてたどり着けないっス。


よくわからない人はあも先生のサロンで「初めての生命の木」に参加してください。
そして、この喚きたくなる気分を体験してくるといいと思います。
ぬううううううん、と立ちはだかるトライアングルに軽く絶望できます。


とまあ、それは冗談として。
わたしたちが魂にたどり着けないのは
この3本のパスでぐるぐるぐるぐる回っているからです。

このカードとボトルは人生における悩みや苦しみ、ブロックの象徴にすぎませんが
あまりに当てはまりすぎて、もう笑うしかない。


しかーし、逆に考えればこの3つを攻略すればいいってことでは?
人の数だけ悩みはありますが、分類すればこの3種類になるってこと?
そうすると、実は悩みや問題って、表面上は違うもののように見えるけど
実は根っこは同じであり、あんまりややこしくないんじゃないのかしらん?


さらにわたしはオーラソーマーなわけですから、
このボトルとワークすることで、問題をギフトに昇華することができる(はず)。


さらにさらに、3枚のカードと3本のボトルを眺めていると
このテーマって絶賛取り組み中の断捨離とリンクことに気がつきまして。
つまりこういうことね、とものすっごく腑に落ちたのです。



ということで、1つずつのテーマについては、次回に続く~。