2026年3月5日(木)

 

振り返ってみると、2026年になってから初めてのブログです。

あけましておめでとうございます門松

以前もこんな出だしでブログを書いた記憶が・・・ニヤリ汗

 

さて。

少し前のことになりましたが。

3月5日に外来に行ってきました。

 

当日は在宅勤務にして、午前中は仕事して、

なんとなく慌ただしく出かけて午後の診察へ。

 

採血は前日までに済ませてあります。

この病院は午前中の混雑を避けると、病院滞在時間30分以内で

採血から会計まで完了しますのでいつもそうするようにしています。

 

採血と診察が別日になることで、2日かかることになりますが。

病院が家から近いので、総滞在時間を減らせるんです。

信号にもよりますが、自転車で10分くらいなんですよね自転車

 

たまたま病院が近くにあったのが大きいんですが。

病院病院が経営努力をしているのも大きい。

大学病院ではこうはいかない気がします。

 

そして、血液検査の結果。

これを書くのが・・・多分、最後になります。

感慨深い。

 

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【血球】

・白血球 5.3 →  4.9(正常範囲)

・ヘモグロビン 14.7 → 14.1(正常範囲)

・血小板 217 → 193(正常範囲)

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分画、肝臓、凝固系・・・採血の結果は、全て問題なし。

マルクは前回ブログで書いたように前回が最後だったので、今回はやっていません。

 

いよいよ、その時がやってきました。

 

「問題なしです。ここまで辿り着きましたね」と主治医のY先生お母さん

 

初発の時に初めてのマルクをしてもらってから、随分と月日が流れました。

そして、再発の時の移植を担当してもらった医師です。

沢山のシーンが思い出されます。

 

振り返ると、Y先生と若先生がやっぱり思い出深いですね。

元祖「先生」は辞められてずいぶん時間が経ったからでしょうか口笛タラー

 

と「実は、今回の採血、血が止まりにくかったんです。まさかねと思いました。痣ができて、あれ、ここぶつけたっけなと思ったこともあります。でも、もう大丈夫なんですよね」

お母さん「そうですね、でも、もう大丈夫です(笑)」

と「ありがとうございました。もう次の予約はないんですねぇ。不思議な気がします」

お母さん「道端でバタッと出会うくらいが丁度いいですね」

と「実は娘が小児科にお世話になっているんで、案外この病院でお見かけするかもしれません(笑)」

 

この会話が、私の闘病生活の終わりでした。

最後の外来が終わりました。

 

 

最初から、そう思っていたわけではありません。

 

でも、再発して。

皆さんに励まされ、背中を押されて。

 

自分の中で、私の大好きなかの名作漫画のセリフのように

「ダンコたる決意」ができたような気がします。

 

※「スラムダンク」31巻より
 

そして、ネットを通じた繋がりの中で。

思いが言語化されていきました。

 

私の後に道ができる。

 

振り返ると。

最初は、「私のあとにも道ができる」と書いてますね。

初発の退院の時の言葉です。

この言葉は、半世紀に到達した私の人生の座右の銘になりました。


自家移植して、1,875日。

初発からは2,506日。

約7年弱ですね。

 

私の闘病の物語は完結しました。

 

沢山の出会いと、そして別れがありました。

医師や看護師、薬剤師、その他病院職員の方々。

そして、このブログやX(旧Twitter)で繋がった方々。

献血してくださった方々。

本当に感謝しています。

 

旅立たれた戦友たち。

見てくれていますか?

 

私は5年生存率を上げてやりましたよ!

 

すっかり、日常を取り戻して。

ハードワークの毎日を過ごして忘れがちだけれど。

こうやって生きていることが奇跡です。

 

私はこれからも生き続けていきます。

気まぐれでたまーに更新もしていこうと思います。

元気にしていることが、続く人たちへの希望になると思いますので。


この記事は4月に書きかけて放置して、ゴールデンウイークの最後に仕上げをしています。

ゴールデンウイークの最終日の本日。

がん封じの祈祷をしてもらったお寺に御札を返しに行ってきました。


母が御祈祷に行ってくれたんですが、奇しくも母の日に返しに行くことになりました。

どんな想いで行ってくれたんだろうか。

今日、笑顔で一緒に返しに行けて本当に良かった。

 


APLは白血病の中でも完全寛解する確率の高い病気です。

私のように早期再発だと、決して高い確率とは言えないでしょう。

でも、私はここまで辿り着くことができました。

 

支えてくれた、妻、家族に感謝です。

 

このブログは、不思議とアクセスが減りません。

Xでも、幾度となく「あなたのブログが参考になった」という声をいただいています。

ということは、それだけAPLに罹患している人がいる、ということ。

 

私が治療した時には珍しかったトリセノックス(ATO)は当たり前になり、

医療は進歩し続けています。

もし、APLに罹患して、あるいは再発して絶望したとしても。

完全寛解への道があります。

私はいつも、闘病する方を応援しています。

 

では。

最後も、この言葉で締めようと思います。


これからも、皆様が健やかでありますように!ウインクパー