今年は変化の年だ
もう5年以上前になるかな
「俺と付き合ったら、髪短く切ってね。」
背もたれもないような安い居酒屋で隣あって座った時、そんなことを言われたのは
思わず軍隊かよ、とツッコミをいれたくなった
その後、あの日は散々だったっていう話を周りにしまくったな
こいつと会うことは一生ないんだろうなって思って解散した有楽町駅
その「こいつ」が「貴方」になったのはそこから遠くない日
当時の私は、どこかおかしくて
9歳から悶々としていた感情を発散できる年齢になった歳で
試すように認識するように触れては離れてを繰り返していたと思う
貴方はそんな体たらくな状態からすくい取って
丁寧に汚れをはらい落としながら
包み込んでくれた
貴方の隣にいて
寒空の下、無数の光のかたまりをみるときも
億劫に感じていた遠出も
その後のことしか頭にないんでしょ、
なんて捻くれて見ていた
というか捻くれないとやってけないと思って見ていた風景も
純粋に美しく見えるようになった
次は葬式
なんていうけど
多分その頃には親もいなければ
昔一瞬だけ遊んだ叔父叔母もいない
年長者は自分になるのが葬式
だからあの式は心からやってよかったと思う
涙目になりながら笑顔で祝福する姿
自分の人生と照らし合わせ考え事をする友人
緊張した面持ちでスピーチをするスーツ姿
多分今日はセーブしてるんだろうな、と分かる
男たち
お互いみんなを喜ばせたいと最大限までやりすぎてしまい
その日の夜は倒れるように寝てしまったのを覚えてる
そんな式がすぎ
次の式は葬式だった
彼女はパワフルな人だったらしい
私が彼女と出会ったのは
彼女の人生も、もう半世紀すぎ
雨がすぎ
地が固まってからだ
両親はよく出かけていた
私はよく1番に帰ってきていた
彼女はいつ帰る私も
笑顔で迎え
ときには自販機前まで出向き
自転車を押しながら一緒に帰った
自販機前でなにか飲むか?
とポケットをじゃらじゃらしながら小銭を出して
ふっくらとした笑顔でこちらを見つめる
そうやって自転車をころころしながら帰る日は
夕焼けの空気が澄んで感じた
最期の最期まで
私の名前は忘れずに
私に何かあった時に渡して欲しいと
天皇即位記念の金貨をポーチに入れて
送った手紙は宝箱につめて
彼女は今久しぶりに賑やかな兄妹たちに会っているんだろうか
最期に会ったとき
ふっくらとした顔は皮一枚に
色んなところに針が刺さって
なんとか息をしていた
無数の
あの世に向かっているベッドの中で
彼女はそれでも
みんなに会いたいと
息をしていたのかもしれない
ベテランそうな看護師さんと
初々しい看護師さん
彼女はいつも笑顔が印象に残る人だった
と言葉を残してくれた
花と共に飾られた写真は
あの日のふっくらとした笑顔のまま
さようなら、またねを告げた
私と認識してから帰り際まで彼女の弟に何度か容姿を褒められた
美しさに執着していたあの頃
過去の自分に
終止符を打つように
彼女自身と
私の何かがあの時
綺麗に終わりを迎えた気がする
それから今まで巡りに巡り
貴方は色んな
散々な目に遭遇した
やってること
もってるもの
からだ
次から次へと押し寄せる荒波に
溺れながら必死にもがき
人に見せず言わず
耐えている
その波に追い打ちをかけるように
最近の私は
どこか生き急いでいた
この歳までにこれを達成しなければ
これをしないと幸せになれない
津波のように突発的に襲ってくる
不安 恐怖
それを受け止めきれず貴方に流し返すことしかできなかった
聞き慣れてるサイレンが目の前で止まる瞬間を
数日空けて2度も経験することは
なかなか貴重ではないだろうか
やがて私もその荒波の中に入り込み
そして今この病室で朝日を見ながら
これを書いている
私と大差ない歳の
短い髪の女性が
冷静に私に問いかける
動けない私に優しくはつらつに話しかける女性
きっと歳も変わらないのに
私は何をして何のために生きてるんだろうと思わせるような
芯から見えるかっこよさ
中学生の頃、看護師になりたいと言ってた人が数名思い出される
彼女たちもきっと今こうなってるんだろうな
紺色の制服とともに逞しさが目に焼きついている
何度も病室からサイレンが聞こえ
信号の音がなりひびく
隣からは認知症の診断をしている声
白髪の男女が点滴を持ちながら放浪している
夜は点滴変えに腕を照らされ
カラカラの喉に経口補水液を流し込む
壁から伝って聞こえてくる咳
針が入っている左手を庇いながら
なんとか寝る日々
無数に繰り返される荒波の体験から
彼女の顔が浮かぶ
彼女は私に
健康第一と言いたいのではないだろうか
この場にいると健康を強く求める魂が
うろうろと行き交っている
私もその魂と共鳴するように
今強く健康第一を願っている
偶然なことに、私が生まれたときも
今日、退院しているらしい
入院した時と空気が変わり
秋の香りがすると
母が言った
どんな空気がするんだろう
そろそろ退院の時間だ