弥生 きょう徒然
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夢の通ひ路

「住の江の岸による波よるさへや
 夢の通ひ路ひとめよくらむ」

けふはこの歌どす。
百人一首からお持ちいたしました。
男の人が女の人の気持ちになって、
歌った歌どす。
最近、私はちょっと恋愛のロマンにハマってるので、
今日も色恋でいきまひょ。

まぁさっと詠んどきまひょか。
まず、住の江といえば松どした。
松というば、「待つ」どすね。
よるというのは、こんなふうに重ねて詠むのを
楽しんだと思うことにしときまひょ。

ほんで、恋の夢についての豆知識を。
まず、恋人を夢に見るときは、自分が「思って」見るじゃないんどす。
相手が自分のことを思うから、出てきてくれはるんどす。
せやし、あると男はんの夢にうちが出てきたら、
うちはその男はんのことが、夢にも出るくらいに好き、
ちゅうことになるんどす。

通ひ路というのは、通うために歩く道どすし、そこに夢ゆうたら、
好きな相手を思いながらあるく、恋の道どす。


ここで、
この歌は「よる」という言葉を使っています。
波がよるのと暗い夜が来たとかけてはるますね。
ちゅうことは、よる、夜に集中させてこの歌を詠むんどす。

暗い夜の中の、ときめきにあふれた、夢の通い路。
恋でキラキラしてたら、より良いのですが、
どうやら夢にも出てきてくれはらへんのどすね。

いっそうさびしくかんじできます。
ロマンチックやけど、物悲しい歌どすね。



留まぬ雨音の恋

「憂かりける人を初瀬の山おろしよ
 はげしかれとは祈らぬものを」

今日は百人一首に戻りました。
源俊頼の恋の歌どす。

この歌は
「好きな人が優しく振り向いてくれますように
って観音さんにお祈りしたのに、
返って辛く当たられたんですけどー!」
って気持ちで詠まはったんやと思います。

ちなみに観音さんってゆうのは、
奈良の長谷寺の観音さんのことどすね。


このお寺、なかなかおもしろいんどっせ。
「初瀬」ってありまっしゃろ。
先日聞いたんどすけど、
これが変化して「長谷」になったらしいどす。
まぁ音韻的には納得どすね。
せやし長谷寺→初瀬寺…

いやぁエラいことどっせ、
ほとんど「デート寺」どっしゃぁ(*>_<*)

まぁようわからへんし
ここだけの話にしときまひょ☆


ほんでも
はげしい山おろしが、
相手さんの冷たい態度なんどすねぇ。

ただでさえ山おろしなんか悲しゅうなんのに、
はげしかったら
……



辛おすなぁ-。

あぁ、冷た(>_<)!



ほんでもやっぱり季節を恋心に例えるっちゅうのはよろしおすね!

今日は、しとしと降る雨どっしゃろー…


うかない恋-……


はやめて、明るくいきまひょ!


規則正しく降る雨のように、
夜が来る度に逢瀬を重ね、
流るるような穏やかな恋

っていうのはどうどすやろかー(^_^)

風と空さえあれば

こっちはうってかわって、
人も少ない静かなお寺どした。
名前は有名やのに、
お寺自体は地味で驕ることも媚びることもない
質素なお寺にちゅうふうに感じました。
大きい仏像も何気なく立ってはって、
ごく普通に外の空気にさらされてるんどす、
屋根はありますけど。
防犯とかガラス張りみたいに仰々しくのうて、
夏は暑く、冬は寒いような、
ほんまに自然体の仏さんどした。


どっちかとゆうと、唐招提寺の方が
うちのタイプどすなぁ。


唐招提寺は主となるお堂の他に
宝蔵やお墓があるんどすけど
それらがなんとも自然にあるんどす。

坂道、トンネルみたいな木々、
池、ぱっと開けてある苔の絨毯、石垣…
なんか全部自然どした。


うち、
行ったお寺でたまに感じることなんどすけど、
そこには有名な建物が仰山あるんどす、
けどなんやわざとらしく思ったりするんどす。
「順路」みたいに思たり。
今日は寸分も感じんと、
唐招提寺をうろうろしとおりました。
なんや不思議どす。


うまく表現出来てるか分からしまへんけど、
奈良のお寺は自然と仲良しなんどす。
ゆうても比叡山みたいな厳しい自然やなしに、
里山ちゅうのか、
大きい庭みたいな自然どす。
せやしね、風や空、広い土地がよう似合うんどす。
特に風と空は絶妙どすね。


ただ自由に吹く風と、大きい空さえがあれば、
奈良は美しいんどす。

エンタシスの柱の横を
老いた風が通り過ぎ、
戯れるように風が吹けば、
古きを想うに充分なんどす。
規則正しい瓦の並びに
広く青い空が映り、
それが流れてるが見えれば、
ただそこにはいにしえの都があるんどす。



これが万葉の世界なんやろうか。


もっと知りたい、触れてみたい、
未熟な私は、ただただ
そう思うんどす。


えらい長うなりました。
おおきに。