Rayのブログ -19ページ目

ついに明日‼

やっとだーーーーー!明日やーーーっとチャンミンに会える~~(T_T)

かれこれ二年八ヶ月ぶり。どんだけ~( ;´Д`)


会おうと思えば何度も会いに行くチャンスあったけど、なかなか条件が会合わなかったからな…



二人神起になってから生で初めて。。。


どんなん?どんなんなの?! ねー二人神起はどーなの!!!!!






・・・・自分の目で確かめて来ます。




そしてまたメッセージキターーーー!!!!!!

photo:01



photo:02



いや~~~~ん!!!!!もちろん楽しむ準備オッゲイよ~~~!!!!!!


あした会おう!!!チャンミン!!!!!!



チャンミ~~~~~~~~~~~ン!!!!!!!!!!!!!!!!!!







iPhoneからの投稿

K-COOK

2012.3.11

東日本大震災の被害に遭われた方々に謹んで心からご冥福をお祈りします。



一年が過ぎあの日のことをやっと言葉にして残しておけるくらいになりました。




2011.3.11から一年。


私は福島県に住んでいます。地震発生時は家にいました。 この世の終わりかと思うほどの強い地震。


M9.0 震度6強。 私の地域は6弱。


揺れ始めてからこれはいつもと違うと感じた時にはその場から動けず、何かの知らせ


なのでしょうか、普段その時間いるはずもないほぼ家族の全員が自宅になぜかいました。


私は家族を守るのに必死で「大丈夫!大丈夫だよすぐ終わるから」 と何の根拠もないのに繰り返し、


言ってはひたすら平静を保ち抱き合っていました。




そしてその後何度も強い余震。


余震が収まりかけて家を見渡すと見たこともないぐらい散乱していて


TVをつけるともう津波警報が出ていました。その警報が数分後にあの大津波が来るとは・・・。


津波の知識がほとんどない私には理解できずただTVを見ていました。


次々と津波の被害を受けているリアルな映像がTVで流され、これは本当に現実なのかと


理解出来ないでいた頃、停電になりました。




辺りは暗くなり雪が吹きさらす中、とりあえずこのままではヤバいと買い物に出かけるといつもの


スーパーやコンビニはぐちゃぐちゃで閉店。


かろうじて開いていたコンビニはすでに大混雑。店内にはビン類が割れ陳列棚にはほとんど物がなく


レジから店内をグルっと一周囲むように並ぶ人々。 ゾッとしました。とりあえずなんでも店内にある食べ物


を手当たり次第手に取る客。その間に何度も余震があり、その度店内は悲鳴のような声。悪夢でした。



ロウソクをいくつもつけて冷たいご飯を無理やり食べたのは一生忘れられないと思います。




地震後数か月は揺れてないのに揺れているような感覚の地震酔い。余震が来る度またあの大きい


地震になるのかとドキっとしてしばらく心臓がバクバクしていました。





そして1日、1日とニュースを見る度に原発の水素爆発が速報で流れ、もうどういたらいいのか


よくわからなくなり14日に3号機が爆発し、さすがに本当にこれはここにとどまっていてはヤバいんじゃ


ないかと思い15日、関東へ避難しました。その時点で遅すぎたのかどうかいまだにわかりません。


でもきっと遅かったような気がします。





私の人生は運命によって変わってしまいました。


ただ思うのが 「あの日から自分の中で何かどこか時が止まった」 ということです。




寒かった3月から春・夏・秋・と季節が変わり、年も変わってもう1年経ったのに


あの日に何かを置いてきたままのような感覚で。。 この1年にそれなりに出かけたり思い出を


作ったりしてきたのに、どこか宙ぶらりんな自分が常にいます。


きっとこの先ずっとこの感覚なんだろうと思います。10年後も20年後もずっと・・・・・・。


それほどあの日の地震は心を変えてしまいました。悔しいです。私の感覚を返して!


・・・・と言っても無駄ですが・・・。





友達は何人も県外へと引っ越し、私や家族を取り巻く状況は180度変わってしまいました。


取り残されたとは思っていません。福島での今の生活をそう簡単には捨てられないです。


捨てることは出来ないです。 福島は地元ではないけど、数年も住んでいると不便な点もありますが


それなりに住みやすくもなります。ついこの間まであった店舗や住宅が今は更地になっているのを見ると


胸が痛くなります。




そして風評被害の恐ろしさを知りました。


ポポポポーンやこだまでしょうか?etcのCMはもう見たくありません。




でもそれと同時に人は一人では生けていけないんだということを改めて感じました。


人は助けあい、譲りあうことも出来る。そして今はできるだけ前向きに生きていこうと支えあってきています。


ただ、ふさぎ込んでひきこもり気味になってしまった人も少なくはないようです。。。




そしてボランティアで国内外たくさんの人が被災地へ来て助けてくれたこと。


とてもありがたく素晴らしいことだと思います。人は人を思い合い支えあってこれからも生きて


いくことが大事ですね。また私もできるだけそうしなければと思いました。



子供が公園で遊べる日はくるのでしょうか?


産地を気にせず食材を選べる日はくるのでしょうか?


洗濯物やお布団を外に干せる日はくるのでしょうか?


安心して気持ちよく暮らせる日はくるのでしょうか?






ただ一番不安なのは数十年経った後、今回の原発が体にどう影響されてくるのか・・・。



それは今の時点では誰もわからないということ。情報は憶測にすぎないということ・・・。






家、仕事、大切な人、かけがえのない思い出を一瞬にして奪い去ってしまった東日本大震災。


今後一生この出来事と向き合っていかなくてはなりません。


現実にやりきれないながらもどこかで楽しみを見つけ、これからも生活していかなくてはいけません。


来年はどんな気持ちになっているのでしょう。