3月20日23:30
かすかなお腹の痛み(下したようなもしくは生理痛のような)を感じ、
さっさと寝ることにしベッドに入る。
3月21日0:30
キューンとした痛みで目が覚める。
痛みの持続時間は1分くらいで、間隔は13分。
トイレに行くと、鮮血の出血。
4回目の陣痛で10分間隔になったので病院へ電話。
結果、初産なのでもう少し家で頑張れ、寝てもいいですよ。
とあっさり言われてしまう。
母は化粧を済ませ病院へ行く気満々だし、
私もようやくひこに会える!と興奮し、眠れない。
陣痛促進のため、家の中を歩き回り10分ごとに痛みのためにうずくまる、を繰り返す。
3月21日3:30
痛みが結構強くなってきたのでもう一度病院に電話。
「じゃあ、来てみますか?」というやる気のない助産師の言葉にすがる思いで、
いざ大荷物を抱え病院へ。
ダンナさんにも意気揚々と「今から入院するよ!」と電話。
病院到着後、内診とNST。
内診→子宮口2~3センチ
陣痛間隔→13分~15分
胎児心拍→元気
寝転ぶと陣痛間隔が長くなってしまう。
「家に帰ったほうがお産が進みますよ」と言われ、
NST代2000円を支払い、家へ出戻り。
陣痛間隔が5-7分になったらもう一度電話することになる。
家に到着したのが3月21日5:00
さすがに眠いので、陣痛の合間に寝る。
気持ちよく寝ているところ、必ず痛みで目が覚めるので結構苦痛。
3月21日6:00
陣痛が10分間隔になる。
ここからお産開始になります。
6時過ぎからちょいちょい起き上がり、スクワットなどを開始。
動くと陣痛間隔が短くなり、座ると長くなる。
座ったままでも7分になったので病院へ電話。
3月21日11:00
病院へ到着。
内診とNST
内診→子宮口4センチ
陣痛間隔→5分
胎児心拍→元気
入院手続きを済ませ、病室で陣痛に耐える。
合間にダンナさんからメールや電話が来るので、超つらいことを猛アピール(笑)。
ダンナさんが12月21日生まれなので、同じく21日生まれになりそうで、2人で喜ぶ。
この時はまだサクッと生まれると信じて疑わず。
何度かNSTをやるが、陣痛間隔5分から縮まらず。
廊下を歩いたりするが、なかなかお産が進まない。
ちなみに担当助産師の苗字が私の前回の結婚時の苗字と一緒。
なんということ…。
3月21日15:00
子宮口→5センチ
陣痛間隔→5分
胎児心拍→元気
ようやく5センチ開いた…。ここまでくればいつ頃生まれるか予想可能なはず。
と思うが、ここの病院ではそういうことは言ってくれず。
3月21日18:00
子宮口→6センチ
陣痛間隔→5分
胎児心拍→元気
やっと6センチ。
病室から陣痛室へ移る。
ご飯を食べる元気がないので、ウイダーインゼリーを食べる。
3月21日21:00
子宮口→7センチ
陣痛間隔→5センチ
胎児心拍→元気
陣痛が5分から縮まらない。
だからなのか子宮口の開きも悪い。
廊下を1時間ほど歩く。
陣痛が4分間隔になる。
3月22日0:00
ついに日をまたいでしまった。
夜間の担当助産師さんは天然系。
陣痛で苦しんでいる私に東京の地震の話とか聞いてくるので答える。
おかげで結構気が紛れる。
この天然系助産師さんから7センチまで開くと普通はあと3、4時間よ、と言われる。
が、すぐに「まぁ、早くても朝の6時か7時くらいかな」と撤回される。
でも、ゴールが見えてきたことで頑張る気力が湧く。
と同時に破水。(後で分かったのだがこの破水は高位破水だったそう)
3月22日3:00
ぜーんぜん生まれる気配なし。
子宮口も7センチから変わらず。
陣痛室の隣のベッドに新たな妊婦さんが入ってくる。
出産後友達になったのだが、彼女は破水で入院したらしい。
余裕の彼女に対して、私は叫ぶ叫ぶ叫ぶ。。
子宮口を開くために、ベッドに横にならず座ることにする。
この頃からいきみたくなるようになってしまい、
陣痛のたびに母にお尻を押さえてもらったり、テニスボールでいきみ逃しをする。
2時間座り続けたが、、、子宮口は7センチ…はう。。
もう歩いたりするのは無理なので、他に子宮口が開く方法がないか聞いたところ足湯をすることになる。
リラックスしましょう、ってことかな。
3月22日6:00
「早くても朝の6時か7時」の6時になった。
子宮口はまだ7.5センチ。
もう心が折れそうになる。
もう7センチ台は飽きました!!
21日は休日だったので先生が不在とのことだったので、
今日はいつ頃になったら先生が来るのか?と助産師さんに聞くと、
8時半頃には来るよ、とのこと。
3月22日9:00
先生はやってこない。
もう完全にやる気をなくし、早くこの苦痛から解放してほしいばかりに、
促進剤でも帝王切開でも何でもいいからやってくれ、と思い始める。
とりあえずナースコールで助産師さんを呼び、
精神的にも体力的にも限界です!と訴えるが、
気持ちをラクーにすれば出てくるよ!と言われる。
この時子宮口は8センチ。
どんだけ時間かかるんだよぉ。。。
いきみ逃しがホントに辛くて辛くてもう限界なんですぅ。。。
眠くて陣痛の合間に寝てしまうのだけど、そうすると陣痛間隔が10分以上になってしまい焦る、
と訴えると、「今は体が睡眠を必要としているんです。寝てくださいね。」と言われる。
そこまで言われるのなら寝てしまえ。
先生がやってくる。
促進剤とか打てないですか?とマジで聞いてみるが、
赤ちゃんに負担かかるよ、とフツーに答えられる。
破水もしているので12:00になっても生まれなかったら抗生剤の点滴するね、と言われる。
近所に住む伯母(母の姉)が登場。
母と伯母の2人で背中や腰をさすってもらい多少ラクになる。
助産師さんに内診をしてもらうと尿が溜まっているからトイレへ行っておいで、
と言われ歩いて3歩のトイレへ。
が、、まったく出ない!!!
そうこうしているうちに次の陣痛の波がやってきてしまい、
トイレに座っていることもあってかいきみ逃しがまったくできず、
心の底から叫んでしまい助産師さんが飛んでくる。
結局、ベッドの上で導尿してもらう。
3月22日12:00
この時には陣痛も3分間隔。
いきみ逃しをするのだが、またもや心の底から大声で叫ぶ。
我慢したいのだけど、どうしても声が出てしまう。
何を叫んだか忘れたけど、3回大声で叫んだことは覚えてる。
あまりに叫んだので助産師さんと先生が飛んでくる。
「そこまで叫ぶってことはそろそろかもね」との先生の声で内診。
結果…、な、な、なんと子宮口全開(10センチ!!)
「え、ホントに?」と涙声で聞き返す私。
あー、もう嬉しい!
ただベビの旋回が逆かもとか言われ、いきむのはちょっと待ってと言われる間にまた次の陣痛。
大声で叫んでしまい、先生に冷静にいきむ時は声を出さないほうが効率がいいと諭される…。
旋回異常はなし、と判断されついに、、、
「いきんでいいよ!!」と言われたのでさっそくいきむ。
歩いて分娩室へ移動。
憧れの分娩室!
いきめる幸せ!
この時13時ちょっと前。
あと2,30分で生まれるかなーなんて思うが、ちょっと様子が違う。
分娩室へ移動したものの、またまた放置され気味。
いきんだからといってすぐに生まれるわけではなく、
ある程度までベビが下がるまでは分娩開始にはならないらしい。
結局このまま2時間、1人で勝手にいきんでました。
3月22日14:00
いきんでいると、お腹から出口に向かって水風船が爆発したような衝撃を受け、
助産師さんを呼ぶ。
この時完全に膜が破れ破水した模様。
これは、かなりびっくりの感覚。
3月22日15:00
助産師さんが覗くと、「赤ちゃんの髪の毛がちらっ!」とのことで、
いよいよ分娩準備。点滴を開始。
最後の最後まで陣痛間隔が3~5分だったので、
「陣痛が1,2分起きにならなくても生める?」と聞くと、
「頑張っていきめば生めるよ」とのことなので、
東京の病院で習ったいきみ方を実践し、陣痛とは真逆で冷静にいきみ始める。
いきみがうまいと言われますます調子に乗り、3回目のいきみで、、、
3月22日15:27
彦左衛門、ご誕生!!!!!
最後は会陰をチョキンとやられたけど、そんなことはどーでもいい。
早く生まれてーーー!!と言う感じ。
(というか、チョキンは全く痛くなかった)
生まれた瞬間、私はどんな言葉を発するかなと思っていたけど、
まずは、感動の涙。
そして、産声を聞いて「かわいいーー」
胸に抱っこさせてもらって「はじめまして。頑張ったね。」
でした。
写真をパチリと撮ってもらい、彦左衛門は産後処置のため別室へ。
私はチョキンのところを縫われる。
20分ほどして、キレイになった彦左衛門が再登場し、授乳。
一生懸命ちゅくちゅくと吸う姿がたまらなく愛しい。
小さな顔、しっかりと見開いた目、握り締めた手、必死でお乳に吸い付く口。
何もかもが私が守るべき存在なんだ、と思うと感動。
両乳吸わせたところで彦左衛門の呼吸を計測していた機器から異常音。
なんと、息もつかずに吸ってしまっていた模様。
事なきを得たので大丈夫だったけどびっくり。
出産から約2時間。
彦左衛門は新生児室へ。
私は病室へ。
10ヶ月ぶりのぺたんこになったお腹。
10ヶ月ぶりに使う腹筋(全く使い物にならない)。
歩くのも一苦労。
夕食の時間だったので、久しぶりに食べてみるが、
陣痛中に胃酸が逆流していて喉がやられていたためか、
はたまた疲労しすぎたためか、ご飯が食べられず。
ダンナさんから電話が来る。
喉がおかしいので、ひくーーい声で応対。
ダンナさんが、「よく頑張ったね。ありがとう。」と言ってくれて感動する。
出産後にダンナさんに「ありがとう」と言われるのが夢だったの。
18時から新生児室のお披露目なので母とお見舞いに来てくれていた従妹と見に行く。
はぁぁぁぁぁ、、かわいいなぁぁぁぁ。。
(多分)何も考えず寝てるよ。
これからは自分で呼吸して自分で栄養取って頑張っていくんだね、と思うとまた泣けてくる。
部屋に戻り、2日ぶりに寝ようと思うが気分が高揚していて眠れない。
日付の変わる頃ようやく眠り、長い長い2日間が終わった。
陣痛開始からは39時間、
10分間隔になったお産の開始からは33時間、
入院からは27時間。
途中で何の罰ゲームかと考えたり、
もう二度と出産はしないと考えたり、
ホントに辛かったのだけど、
生まれた瞬間にそんな思いはどこかに飛んでいってしまいました。
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
これが私の出産レポです。
私の出産がラストに近づいてきた頃から、ダンナさんとの連絡は母にお願いしていました。
いつもは冷静なダンナさんがかなりてんぱった様子で母宛てにメールを送信していて、
とても微笑ましかったです。
それだけ喜んでくれたんだ~、と思うと嬉しいですね!
かすかなお腹の痛み(下したようなもしくは生理痛のような)を感じ、
さっさと寝ることにしベッドに入る。
3月21日0:30
キューンとした痛みで目が覚める。
痛みの持続時間は1分くらいで、間隔は13分。
トイレに行くと、鮮血の出血。
4回目の陣痛で10分間隔になったので病院へ電話。
結果、初産なのでもう少し家で頑張れ、寝てもいいですよ。
とあっさり言われてしまう。
母は化粧を済ませ病院へ行く気満々だし、
私もようやくひこに会える!と興奮し、眠れない。
陣痛促進のため、家の中を歩き回り10分ごとに痛みのためにうずくまる、を繰り返す。
3月21日3:30
痛みが結構強くなってきたのでもう一度病院に電話。
「じゃあ、来てみますか?」というやる気のない助産師の言葉にすがる思いで、
いざ大荷物を抱え病院へ。
ダンナさんにも意気揚々と「今から入院するよ!」と電話。
病院到着後、内診とNST。
内診→子宮口2~3センチ
陣痛間隔→13分~15分
胎児心拍→元気
寝転ぶと陣痛間隔が長くなってしまう。
「家に帰ったほうがお産が進みますよ」と言われ、
NST代2000円を支払い、家へ出戻り。
陣痛間隔が5-7分になったらもう一度電話することになる。
家に到着したのが3月21日5:00
さすがに眠いので、陣痛の合間に寝る。
気持ちよく寝ているところ、必ず痛みで目が覚めるので結構苦痛。
3月21日6:00
陣痛が10分間隔になる。
ここからお産開始になります。
6時過ぎからちょいちょい起き上がり、スクワットなどを開始。
動くと陣痛間隔が短くなり、座ると長くなる。
座ったままでも7分になったので病院へ電話。
3月21日11:00
病院へ到着。
内診とNST
内診→子宮口4センチ
陣痛間隔→5分
胎児心拍→元気
入院手続きを済ませ、病室で陣痛に耐える。
合間にダンナさんからメールや電話が来るので、超つらいことを猛アピール(笑)。
ダンナさんが12月21日生まれなので、同じく21日生まれになりそうで、2人で喜ぶ。
この時はまだサクッと生まれると信じて疑わず。
何度かNSTをやるが、陣痛間隔5分から縮まらず。
廊下を歩いたりするが、なかなかお産が進まない。
ちなみに担当助産師の苗字が私の前回の結婚時の苗字と一緒。
なんということ…。
3月21日15:00
子宮口→5センチ
陣痛間隔→5分
胎児心拍→元気
ようやく5センチ開いた…。ここまでくればいつ頃生まれるか予想可能なはず。
と思うが、ここの病院ではそういうことは言ってくれず。
3月21日18:00
子宮口→6センチ
陣痛間隔→5分
胎児心拍→元気
やっと6センチ。
病室から陣痛室へ移る。
ご飯を食べる元気がないので、ウイダーインゼリーを食べる。
3月21日21:00
子宮口→7センチ
陣痛間隔→5センチ
胎児心拍→元気
陣痛が5分から縮まらない。
だからなのか子宮口の開きも悪い。
廊下を1時間ほど歩く。
陣痛が4分間隔になる。
3月22日0:00
ついに日をまたいでしまった。
夜間の担当助産師さんは天然系。
陣痛で苦しんでいる私に東京の地震の話とか聞いてくるので答える。
おかげで結構気が紛れる。
この天然系助産師さんから7センチまで開くと普通はあと3、4時間よ、と言われる。
が、すぐに「まぁ、早くても朝の6時か7時くらいかな」と撤回される。
でも、ゴールが見えてきたことで頑張る気力が湧く。
と同時に破水。(後で分かったのだがこの破水は高位破水だったそう)
3月22日3:00
ぜーんぜん生まれる気配なし。
子宮口も7センチから変わらず。
陣痛室の隣のベッドに新たな妊婦さんが入ってくる。
出産後友達になったのだが、彼女は破水で入院したらしい。
余裕の彼女に対して、私は叫ぶ叫ぶ叫ぶ。。
子宮口を開くために、ベッドに横にならず座ることにする。
この頃からいきみたくなるようになってしまい、
陣痛のたびに母にお尻を押さえてもらったり、テニスボールでいきみ逃しをする。
2時間座り続けたが、、、子宮口は7センチ…はう。。
もう歩いたりするのは無理なので、他に子宮口が開く方法がないか聞いたところ足湯をすることになる。
リラックスしましょう、ってことかな。
3月22日6:00
「早くても朝の6時か7時」の6時になった。
子宮口はまだ7.5センチ。
もう心が折れそうになる。
もう7センチ台は飽きました!!
21日は休日だったので先生が不在とのことだったので、
今日はいつ頃になったら先生が来るのか?と助産師さんに聞くと、
8時半頃には来るよ、とのこと。
3月22日9:00
先生はやってこない。
もう完全にやる気をなくし、早くこの苦痛から解放してほしいばかりに、
促進剤でも帝王切開でも何でもいいからやってくれ、と思い始める。
とりあえずナースコールで助産師さんを呼び、
精神的にも体力的にも限界です!と訴えるが、
気持ちをラクーにすれば出てくるよ!と言われる。
この時子宮口は8センチ。
どんだけ時間かかるんだよぉ。。。
いきみ逃しがホントに辛くて辛くてもう限界なんですぅ。。。
眠くて陣痛の合間に寝てしまうのだけど、そうすると陣痛間隔が10分以上になってしまい焦る、
と訴えると、「今は体が睡眠を必要としているんです。寝てくださいね。」と言われる。
そこまで言われるのなら寝てしまえ。
先生がやってくる。
促進剤とか打てないですか?とマジで聞いてみるが、
赤ちゃんに負担かかるよ、とフツーに答えられる。
破水もしているので12:00になっても生まれなかったら抗生剤の点滴するね、と言われる。
近所に住む伯母(母の姉)が登場。
母と伯母の2人で背中や腰をさすってもらい多少ラクになる。
助産師さんに内診をしてもらうと尿が溜まっているからトイレへ行っておいで、
と言われ歩いて3歩のトイレへ。
が、、まったく出ない!!!
そうこうしているうちに次の陣痛の波がやってきてしまい、
トイレに座っていることもあってかいきみ逃しがまったくできず、
心の底から叫んでしまい助産師さんが飛んでくる。
結局、ベッドの上で導尿してもらう。
3月22日12:00
この時には陣痛も3分間隔。
いきみ逃しをするのだが、またもや心の底から大声で叫ぶ。
我慢したいのだけど、どうしても声が出てしまう。
何を叫んだか忘れたけど、3回大声で叫んだことは覚えてる。
あまりに叫んだので助産師さんと先生が飛んでくる。
「そこまで叫ぶってことはそろそろかもね」との先生の声で内診。
結果…、な、な、なんと子宮口全開(10センチ!!)
「え、ホントに?」と涙声で聞き返す私。
あー、もう嬉しい!
ただベビの旋回が逆かもとか言われ、いきむのはちょっと待ってと言われる間にまた次の陣痛。
大声で叫んでしまい、先生に冷静にいきむ時は声を出さないほうが効率がいいと諭される…。
旋回異常はなし、と判断されついに、、、
「いきんでいいよ!!」と言われたのでさっそくいきむ。
歩いて分娩室へ移動。
憧れの分娩室!
いきめる幸せ!
この時13時ちょっと前。
あと2,30分で生まれるかなーなんて思うが、ちょっと様子が違う。
分娩室へ移動したものの、またまた放置され気味。
いきんだからといってすぐに生まれるわけではなく、
ある程度までベビが下がるまでは分娩開始にはならないらしい。
結局このまま2時間、1人で勝手にいきんでました。
3月22日14:00
いきんでいると、お腹から出口に向かって水風船が爆発したような衝撃を受け、
助産師さんを呼ぶ。
この時完全に膜が破れ破水した模様。
これは、かなりびっくりの感覚。
3月22日15:00
助産師さんが覗くと、「赤ちゃんの髪の毛がちらっ!」とのことで、
いよいよ分娩準備。点滴を開始。
最後の最後まで陣痛間隔が3~5分だったので、
「陣痛が1,2分起きにならなくても生める?」と聞くと、
「頑張っていきめば生めるよ」とのことなので、
東京の病院で習ったいきみ方を実践し、陣痛とは真逆で冷静にいきみ始める。
いきみがうまいと言われますます調子に乗り、3回目のいきみで、、、
3月22日15:27
彦左衛門、ご誕生!!!!!
最後は会陰をチョキンとやられたけど、そんなことはどーでもいい。
早く生まれてーーー!!と言う感じ。
(というか、チョキンは全く痛くなかった)
生まれた瞬間、私はどんな言葉を発するかなと思っていたけど、
まずは、感動の涙。
そして、産声を聞いて「かわいいーー」
胸に抱っこさせてもらって「はじめまして。頑張ったね。」
でした。
写真をパチリと撮ってもらい、彦左衛門は産後処置のため別室へ。
私はチョキンのところを縫われる。
20分ほどして、キレイになった彦左衛門が再登場し、授乳。
一生懸命ちゅくちゅくと吸う姿がたまらなく愛しい。
小さな顔、しっかりと見開いた目、握り締めた手、必死でお乳に吸い付く口。
何もかもが私が守るべき存在なんだ、と思うと感動。
両乳吸わせたところで彦左衛門の呼吸を計測していた機器から異常音。
なんと、息もつかずに吸ってしまっていた模様。
事なきを得たので大丈夫だったけどびっくり。
出産から約2時間。
彦左衛門は新生児室へ。
私は病室へ。
10ヶ月ぶりのぺたんこになったお腹。
10ヶ月ぶりに使う腹筋(全く使い物にならない)。
歩くのも一苦労。
夕食の時間だったので、久しぶりに食べてみるが、
陣痛中に胃酸が逆流していて喉がやられていたためか、
はたまた疲労しすぎたためか、ご飯が食べられず。
ダンナさんから電話が来る。
喉がおかしいので、ひくーーい声で応対。
ダンナさんが、「よく頑張ったね。ありがとう。」と言ってくれて感動する。
出産後にダンナさんに「ありがとう」と言われるのが夢だったの。
18時から新生児室のお披露目なので母とお見舞いに来てくれていた従妹と見に行く。
はぁぁぁぁぁ、、かわいいなぁぁぁぁ。。
(多分)何も考えず寝てるよ。
これからは自分で呼吸して自分で栄養取って頑張っていくんだね、と思うとまた泣けてくる。
部屋に戻り、2日ぶりに寝ようと思うが気分が高揚していて眠れない。
日付の変わる頃ようやく眠り、長い長い2日間が終わった。
陣痛開始からは39時間、
10分間隔になったお産の開始からは33時間、
入院からは27時間。
途中で何の罰ゲームかと考えたり、
もう二度と出産はしないと考えたり、
ホントに辛かったのだけど、
生まれた瞬間にそんな思いはどこかに飛んでいってしまいました。
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
これが私の出産レポです。
私の出産がラストに近づいてきた頃から、ダンナさんとの連絡は母にお願いしていました。
いつもは冷静なダンナさんがかなりてんぱった様子で母宛てにメールを送信していて、
とても微笑ましかったです。
それだけ喜んでくれたんだ~、と思うと嬉しいですね!


