今日は私がどんな人生を歩んで今に至るか、私のこれまでの経緯を書いてみたいと思います。
よかったらお付き合いください♫
私は神奈川県の葉山で生まれました。
5人家族、3人姉妹の末っ子です。
姉2人とは年が離れているので、いつも家族や周りの親戚にとって一番下の赤ちゃんみたいな存在でした。笑
姉2人はタイプが結構違っていました。
ですがみんな女子なので、私はいつも2人に影響されていた覚えがあります。
また私は3人の中でも人一倍負けず嫌いな性格で、中学高校とバドミントン部、高校の時は部長もやっていたくらい、
これって決めたら頑張るタイプでした。
高校2年生の時に修学旅行で沖縄に行ったのですが、初めて羽田空港に行った時に
その空港という場所で働いているグランドスタッフがすごく魅力的に見えて、そのときにちょうど進路を考えていた私はグランドスタッフがとてもピンときてしまい、目指すようになりました。
それから専門学校にも行かせてもらい、そこからはグランドスタッフになるためにとっても勉強をがんばりました。
慣れないスーツを着て、毎週厳しい面接対策を受けていました。(毎週木曜日はスーツを着て登校しなければいけなかったんですね)
TOEICの点数を取るために英語の授業も頑張って、学校まで2時間かけて通って夜まで残って勉強、、と、今思うとその時は本当に大変だったと思います。
そして2年になり、就活まっしぐら。晴れて日本航空(JAL)に内定をいただき2年生の9月から早期就業という形で働くことになりました。
初めての一人暮らし、初めての社会人で苦戦しながらも、憧れていた羽田空港の、しかも国際線ターミナルで働けて本当に嬉しかったです。20歳で入社したので先輩にはほんとうに可愛がってもらいました。
それから2年経ち、仕事にも慣れてきた頃、私は海外に行きたい、という思いが芽生えました。
というよりもともと海外に行ってみたかったのですが機会がなかったんですよね。
専門学校で英語を頑張って勉強したものの、実際に仕事では英語がすらすらと使えず、海外留学経験のある先輩をみては憧れていました。
グランドスタッフになる!という夢が叶った私ですが、今度はいつからか、海外に行きたい!が夢になっていたんです。早いですよね。笑
いてもたってもいられず色々調べていると、ワーキングホリデーという物があるのを知りました。
そして、その頃姉がオーストラリアに住んでいたので1週間ほど旅行がてら行ってみたのですが、
そこで住んでみたい!
と思うようになり、今しかないと思った私はJALを退職しその後オーストラリアに行くことにしたのです。
今思うと、あまり躊躇せずよく行動したなと思います。笑
そこから私の2年間のワーホリ生活が始まります。
続く♫