今日はとってもいい天気![]()
今日は夫と久しぶりにディナーに行こうと思っています。
美味しいものいっぱい食べるぞ~![]()
今日は阪神大震災から15年。
私は生まれも育ちも神戸なので、大震災を体験しました。
当時、ピアノ講師をしながらパン屋さんでアルバイトをしていた私。
あの日はたまたま定休日でゆっくり寝られる日でした。
そして・・・自分の誕生日でもありました。
早朝、体験したこともない揺れと
窓ガラスが今にも割れそうなすごい音
そしてゴゴゴゴ~という地鳴りに目が覚め、
マンションの7階に住んでいた私は
このままマンションは倒壊して私は死ぬんだと思いました。
揺れがおさまり、マンションは倒壊することなく
そして、私の部屋の家具も倒れることなく
(揺れに対して水平に置いていたため)
起き上がることができ、リビングに出ると
食器棚から飛び出して落ちて割れてしまった
父の洋酒の匂いがプンプンしていました。
電気も水道もストップしています。ガスは怖くてつけられません。
マンションのご近所さんの家に3家族が集まって
みんなでラジオをかこんで情報を得ようとしたことを覚えています。
幸い、私が住んでいたところは被害が少なく
9時ごろには電気が使えるようになり、TVを見ることができました。
神戸の街の惨状に呆然とし、
これからどうなるんだろうか、友達はみんな大丈夫だろうかと
一気に不安になりました。
電車ももちろん走っていません。父は仕事に行こうとしましたが
行くすべがなく、帰ってきました。
私はたまたま近所にパン屋さんの正社員のかたが住んでいたので
電話をし、安否を確認しあい、仕事はどうするのか、
人手がいるなら行きますと話をしました。
新神戸にあったお店が無事だったため、出てほしいと言われ
震災2日後から私は新神戸のお店で働きました。
早朝6時前に社員さんの車に数名が相乗りして
新神戸へ向かうのですが、大渋滞で、お店に着くのは昼前。
それから焼けるだけのパンを焼いて、紙袋にいっぱいつめて
一袋200円で販売しました。
お店の前にはリュックを背負った人たちの列ができ、
パンが焼けるのを待っていて、焼けるまでの間
なんとももどかしい気持ちになったことを覚えています。
三宮の街はあちこちでビルが傾き、倒壊し
在りし日の姿とすっかりかわっていました。
自宅へ戻ると隣の長田区の火災の灰が降り続いていて
空は赤く、車が灰でねずみ色になりました。
TVでは神戸の街の様子が次々と映し出されているけれど
「違う、こんなもんじゃない」ってショックを受けました。
TVで見る景色は、しょせんTVという箱の中のもので
実際はもっと悲惨なのに、なんだか他人事のように見え
今まで、他の地域で起こった災害を、私はこうやって
TVでながめていたんだなと愕然としました。
幸い、私は命も家族も友人も家も失うことなく
今もこうして生きています。
震災を経験して、生きていることのありがたさ
衣食住が揃っていることのありがたさを教えられました。
毎年、震災の日にそのことを忘れていないか?と
自分を省みます。
生まれてくるぴょんちゃんは、もちろん震災のことは知らない。
でも、ぴょんちゃんには震災のこと
ちゃんと話ししたいなぁって思っています。






