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  リフレッシュ休暇中です。


今日は陰陽師の里


蘆屋道満の生誕地後にできた


正岸寺に行ってきました。(o^^o)



安倍晴明と、蘆屋道満

傑出した陰陽師でした。


陰陽師は、

兵庫県の播磨に

とても縁の深い人たちだったのです。

播磨は陰陽道の聖地であり、

研鑽修業の場、

まさに中心地であったのですね。



備前と並んで


陰陽師の本場で、

僧侶でも陰陽師の格好をしなければ

話もできないと言う逸話もあるらしいのです。



朝廷の陰陽寮にも

多数の陰陽師を送り出しています。

蘆屋道満は、

播磨の国、岸村(現在の加古川市西神吉町岸)

に生まれ、智徳法師の元で修行し、

蘆屋道満と名乗ります。

民間陰陽師ですね。

非常に強力な呪術力

を持っていたそうです。

その能力は幼い頃から

備わっていたそうです。


そしてその特殊な能力を、

主に近隣の人々の為に使っていた

と伝わっています。



宮廷陰陽師ではないので、

朝廷の陰陽寮にも所属せずでしたが

能力の高さから、

陰陽道の核であった安倍晴明の

ライバル

として認識されていたようです。




映画のイメージが非常に強いので

安倍晴明=

蘆屋道満=



と思われている人も

多いかと思いますが…


蘆屋道満は道長の

政敵に担ぎ出されてしまったのですね。


年齢も安倍晴明は921年 生まれ

道満=は958年 生まれなので

年齢差が37歳もあり

しかも映画とは違って

道満の方がめちゃくちゃ若い‼️



そして呪詛の件が起こりますが

ほんの僅差で道満は破れ

播磨国へ追い返されてしまいました。

そして、すぐに佐用郡への移動を命じられ、

朝廷から宿敵安倍晴明が道満討伐に遣わされ、


呪術合戦になり、


最後は道満が力尽きてなくなります。


清明も力を使い果たして、

佐用郡で倒れたそうです。


清明は使鬼を使いましたが

道満は式神を井戸に置いてきたのですね。

と言う事は❓

自分の力だけで戦った❓

と言うことなのでしょうか❓


使鬼を使っていたら❓

戦いはどちらが勝ったのか?

わからないですね!

やはり2人ともすごい能力ですが、

芦屋道満の能力の高さにも驚きです。



映画で作られたイメージとは

違う道満の姿が浮かんできます。



地元では好意的に評価され



その子孫もまた呪術師や医師

などとして

地元のために働いた

と言われています。



いずれにしても蘆屋道満の生涯は

安倍晴明と深くつながっていたようです。



テレビや映画化されると

歴史上の人物像はその通り

脳にインプットされてしまいがちですが

いろいろな角度から見たり、

色眼鏡を外して

物事を見るということは

現実の生活においても

とても重要なことなのだなと

改めて思いました。


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では、また