こんばんは

えむえむです。
昨日の続きです。
竹田城跡を見て
下山した後
昼食をとりました。
それから生野銀山に向かいました。
竹田城跡からそんなに離れてなくて
30分前後で着いたように思います

生野銀山とは
🍀大同2年(807年)に発見されたと伝えられ、室町時代念願の天門11年(1542年)には山名祐豊自体に銀鉱脈の本格的な採掘が始まりました。
織田、豊臣の各時代を経て、江戸時代に幕府が「銀山奉行」を設置。その後「生野代官」が置かれ、やがて生野銀山は、最盛期を迎えます。
明治元年、政府直轄鉱山となり、フランス人技師ジャン=フランソワ、ソワ、コワニェが着任し、軌道や巻揚機の新設など数々の先進的施策により、めざましい近代化を成し遂げました。
明治22年には宮内省御料局の所管へ移され皇室財産に。
続いて明治29年に三菱合資会社へ払い下げられ、国内有数の大鉱山として稼行しましたが、昭和48年に閉山。
総延長は350キロメートル以上、深さは880メートルの深部にまで達しており、採掘した鉱石の種類は70種類以上にも及んでいます。🍀
パンフレットより
写真は余り撮ってないんです

結構自分の
直感で生きているので
余り撮りたくないなぁ
と思うところは
心の中に焼き付けてます

撮りました

この中に入ると
金香瀬杭口があり
観光杭道で中に入っていけます。
外からみたら
そんなに
大きくないのかなぁって
思ってたのですが
凄く広くて
涼しくて
びっくりでした

また
こんな危険な所で
仕事をしてたのかと
胸打たれました。
中は
江戸時代発掘ゾーン
近代発掘ゾーン
巻揚、エレベーターゾーン
などなど見どころが沢山あり
特に江戸時代の
狸堀という
狭い穴に
這いながら
掘り進むというのは
びっくりしました。
その他にも
ミュージアムなども併設されており
楽しいというよりは
凄く勉強になります。
こうやって
日本の鉱山は
支えてこられたんだなぁって
よかったら
行ってみてくださいね

写真も少なく
長くなってしまいましたが
今回はこれで
最後まで読んで頂きありがとうございます
では
ご機嫌よう🍀