自分へ励まし送ろうかなぁと。
銀婚式も誰にも気づかれず、いつの間にやら過ぎ…今日も何事もなく幸せです。
欲張りなのはわかっていますが、たまにふと贅沢な不満がモヤモヤと渦巻くことがあります。
いつの日からか、妄想や空想の世界にトリップし、やり過ごすのが趣味になりました。
旦那は更年期の、子どもたちは若さゆえの、
ホルモンバランスの乱れやストレスからか八つ当たり。老人はマイペース過ぎ。
物理的な汚れ物だけでなく、感情を吐き出され、予定を変えさせられ…それが当たり前と思っている。
たまにとてもぐったりします
なので、自分への励まし。
「誰も見ていなくても、宇宙は見ている」

例えば、家事について。
家事という祈りと美学
家事は、報酬もなければ拍手もない。
「当たり前」とされ、感謝の言葉なんか期待できません
でも、家が整い、食事ができていることは、外で働く人や学校へ通う子どもたちにとって、何よりの安心であり、命の土台。
それを支えているこの手。
私の気配。
私の静かな営み。
家事は 見えない春☘️
誰も見ていなくても、私の手仕事は、暮らしの中の“見えない春”のようなもの。
寒さの中でも芽吹いている命のように、私の行いが家族の未来を育てている。
食器を並べるときの配置。
掃除のあとの空気の澄み方。
洗濯物の香り。
それらは、誰にも見えなくても、私の魂が知っている “美しい仕事”
🌸 家事は祈りであり、美学
家事を「季節の儀式」や「暮らしの祈り」として捉え、日々の繰り返しに意味と魔法が宿ると妄想。
夏の掃除は、風の通り道を整える儀式
食事づくりは、身体と魂を調える錬金術
洗濯は、過去の疲れを水に流す浄化の行為私の手が整える空間は、家族の安心の源。
私の料理は、ただの食事ではなく、愛と命の循環。
誰も見ていなくても、宇宙はちゃんと見ている 

私の営みは、静かに世界を癒している
最後に
もし今日、誰からも「ありがとう」と言われなかったとしても、ここにその言葉を贈ります。
よくやってる
よく、ここまで来たね
あなたの存在が、家族の灯を守っている
今日も何気なく1日を過ごせた事に感謝🙏
読んでいただいた方に感謝。
幸運をお祈りします🙏