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ちゃしろちわわ

姉ココと妹あんずのおはなし

※前記事のつづきです

 

 

10月6日(金)の葬儀の日、早朝にココを連れて

 

大好きだった、ドッグランに家族で出かけました。

 

 

 

 

つい20日ほど前まで

 

たくさん走って、飛んで、転げまわっていたドッグランを

 

最後に見せてあげたかったのと

 

ココを楽しませてくれた場所にお礼を伝えたかったので。

 

 

 

 

もう2度と、走り回るココを見ることは無い…というのが

 

どうしても受け入れられませんでした。

 

 

 

自宅に戻り、ココの被毛をいくつか残し

 

私をいつもチョンチョンと触っていた前足の型も取りました。

 

 

 

葬儀には、ご住職さまの計らいで、あんずも参加できました。

 

 

 

 

ずっと泣きじゃくる私とは対照的に

 

あんずは2時間の式中、一切声を出すこともなく

 

その様子をみつめていました。

 

葬儀の中で、遺髪にハサミを入れる儀式があり

 

お守り袋に入れていただきました。

 

 

ココを、用意してくださった棺に移し

 

持たせるフードやおもちゃ等と

 

私の好きな、ガーベラをココの旅立ちに飾り

 

蓋が閉じられるまで、なんどもなんども、ココの体を撫でました。

 

 

 

 

ご住職さまは

 

「ココちゃんと関わりのあった方、知っている方の分までお線香をあげてやりなさい」とおっしゃり

 

会った事があるなしに関わらず、仲良くして頂いている方々のお名前をあげて

 

一本一本火を付けていきました。

 

 

 

ここでは、葬儀の後、ココをお預けし

 

お寺の方が、責任を持って火葬場に付き添ってくださって(家族は参加できません)

 

初七日に、お返しいただく形になっていました。

 

火葬は7日の土曜日でした。

 

 

 

 

少し話は変わりますが

 

7月後半、私は横浜の従兄弟から

 

10月8日の結婚式に招待されました。

 

10月7日(土)に前泊し、8日(日)の夜に帰る日程でした。

 

 

ココとは、今まで一晩も離れた事がなく、気掛かりではありましたが

 

その従兄弟は小さい頃から、よく会って可愛がっていた子でした。

 

そして当時、ココは「10月には安定して、元気にしている・・・!」と信じていたので

 

招待を受けることにしました。

 

 

以後、オットにココあずのご飯の種類、ココの薬など

 

必要な事を覚えてもらい、任せられる状態にしていました。

 

また、ブログ上で仲良くさせて頂いているお友達とも

 

横浜で、お茶をして頂く事になり

 

10年以上ぶりの一人旅を楽しみにしておりました。

 

 

 

しかし、誕生日以降のココの体調の変化に

 

「何故、招待を受けたのだろう・・・」と、横浜行きを決めた事を後悔しました。

 

しかし、私にとっては子供同然のココも、他人から見れば「犬」。

 

不義理は出来ないと思い

 

オットに、休日の病院のこと

 

急変した時の対応を伝えて

 

何度も抜けている事は無いか

 

確認をしていました。

 

 

ただ、なによりも

 

「ココは、私が横浜から帰るまで待っていてくれる!」と

 

信じて疑っていませんでした。

 

 

でも・・・

 

私の横浜行きの3日前に、逝ってしまいました。

 

その後は なぜか、ココの葬儀から火葬、お骨が戻るまでの日程が

 

意図せず、オットも仕事が休める日、私も行ける日に はまっていきました。

 

まるでココが段取りをしているかのようでした。

 

 

 

 

 

ココの火葬の日の朝、ココの遺髪の入ったお守りを持って家を出て

 

出発する空港で、行くことが出来る端まで歩き、ココのいる方に向かって大泣きしました。

 

 

 

 

機上では、窓から見える広がる雲の上に

 

走っているココがいるのではないかと必死に探しました。

 

 

 

 

横浜には、当たり前ですが、ココの思い出は何もなく

 

 

 

 

 

 

 

地元で、何を見ても泣けてくる状態からは解放されました。

 

 

 

 

そして、優しいお友達との初対面もありました。

 

可愛い子達も参加してくれ

 

 

 

 

 

とても慰められました。

 

おふたりとも、お気遣いいただき

 

楽しい時間を過ごせました。

 

本当にありがとうございました。

 

 

 

 

8日の結婚式は幸せそうな二人を見ているだけで嬉しくて

 

ココを想うのとは違う涙があふれました。

 

Tくん、Yさん幸せになってね・・・と、心から祝福できました。

 

 

 

そんな中

 

ひとつ不思議な事が起こりました。

 

バッグの底に入れて、一切出さなかったストールが

 

ホテルに戻ると、バッグから忽然と消え

 

入ったお店に電話してみましたが見つかりませんでした。

 

暑い日で汗をかいたので、私の匂いの付いたストールを

 

ココがこっそりもっていったのかもしれません。

 

 

 

 

翌 9日(月)

 

初七日の日(亡くなった前日から数えるそうです)、ココを迎えに行きました。

 

ご住職さまが、ココのお骨を、全て分けて

 

小さな爪やしっぽの先までココの体の形に整えて待って下さっていました。

 

犬歯はまぎれもなく、いつも磨いていたココの歯でした。

 

 

 

「この子は身体の割に、頭がとても大きく脳も発達していたようだから、頭が良かったでしょう。」

 

「足の骨もしっかりしていて、この子は運動が好きだったのですね。

 

顎も丈夫で、栄養状態も良かったようだ。」

 

「でも、背骨の軽さをみると、寿命だったようです。あるいは寿命以上を生きましたよ。」と

 

私達を慰めて下さいました。

 

ここでも、あんずは黙って様子を見ていました。

 

 

小さな爪と歯、指先、しっぽの先、のどぼとけのかけらを

 

小さなカプセルに入れてもらい、いつでも一緒に出掛けられるようにしました。

 

 

 

 

そして小さなお骨入れに入ったココが私たちのところに戻ってきました。

 

自宅には、ココを迎えるように

 

お友達からのお花が届いていました。

 

 

 

 

 

ぱるむちゃんのおかあさま

 

まおさま

 

ちわこさま

 

蓮くんママさま

 

zukoさま

 

 

ココも喜んでいると思います。

 

本当にありがとうございました。

 

 

 

 

※また長くなりましたので、もう一度だけ続きます

 

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。

 

 

               おしまい