子どもの頃は特に,何でもとっておいた。備えあれば憂いなしという気持ちもあったが,要はそんなに物を買ってもらえなかったから。
塗り絵帳は,宝物だった。おしゃれでかわいい女の子のイラストが描いてある20ページくらいの薄いノートのような冊子を,飽きることなく眺めた。もったいなくて塗るなんてできない。当然好きではないページから色鉛筆で塗るのだが,恐らく1,2ページしか使わなかったと思う。しかし,やがて成長していき,塗り絵には興味をなくしていった。
「自分にとって最も価値あるときに使っておくべきだった」と後悔したが…そうでもないのかもとも思う。
「せっかく買ってやったのに,2ページしか使わないなんて!もったいない」とか「この子は塗り絵が嫌いなのだ」と親からは思われるだろうが,私にとっては「好きすぎて塗る方がもったいない」。コピー機があったら惜しまずに次々と塗ったであろうが,それは便利過ぎる。そもそも1枚しかないからこそ価値があるのだ。塗らずに色の組み合わせを想像したり描画線を眺めたりするだけで満喫し,塗り絵帳の役割は十分果たしたと思う。塗り絵帳の目的は,塗ることだけではない。
今はその反動からか,うちには道具があふれている…使いこなさないとアイデアも次の作品は出てこないから,価値があると思う時に使わねばいけない!
ちなみに,塗り絵ブックではなく塗り絵帳と書いているのは,圧倒的に「帳」という言葉の方が好きだから。祖父はノートのことを「帳面」と呼んでいた。ブックからはきれいに綴じてあるかちっとした本のイメージしか浮かばないが,帳面からは「古い本のページをめくる」映像が浮かんでくる。断然,深みがある。