スイス・ハイキングツアーで撮った美しい景色の写真を差し出した時の,写真店を営むおじさんのひとことです。
...いや,驚いた。
教職員の展覧会に出す写真を引き伸ばすために,行きつけの写真店を訪れた大昔の出来事です。注文しようとしたのは,万年雪で覆われた美しいユングフラウヨッホの写真だったと思います。
家族経営のその写真店のおじさんは,「こーんなの,どこがおもしろいんだ。年寄りの撮る写真。だめだめ,やめておけ!」と引き伸ばしに応じてくれないのです…。
ガイドブックや絵葉書に載っているようなきれいな写真なのに…?衝撃でしたが,確かに言われてみると,おもしろくも何ともない。きれいでそれなりに感動した場所だけど,何の印象も残らない薄っぺらな写真。ガイドブックで見た写真の構図のまねをしたに過ぎない写真...「ほら,ガイドブックと同じアングル!」と自慢したりもしていましたが,それがどうしたってことですよ...。プロにはカメラの性能も技術も劣るので,同じものが欲しいなら絵葉書を買った方がましなのです。
自分らしさもないし,何に惹かれて撮影したのかよくわからない...写真を撮るってどういうことだろう…。
そこで,気を取り直し「おもしろい写真というのなら...」とこの写真を出したら,おじさんは「これがいい!これだよ!」とすぐに引き伸ばしに応じてくれました(笑)。
「逆さマッターホルン」で有名なリッフェル湖で撮ったものでした。マッターホルンに向かって右手の方からハイキングを楽しむ人々が列を作って歩いており,それが湖水にきれいに映っている!しかも,羊の群れまで行列をなして斜面を下ってきていて,「3本のラインがおもしろい!」と思って撮影したものでした。もちろん,きれいに見えた逆さマッターホルンも撮りましたが,それはあまりにも有名すぎて素人が「観光地に行って来ました!」と主張するための写真に過ぎないのでアルバムに収めてオワリ。
当時,小学1年生のクラスで読み聞かせをした絵本「ぎょうれつぎょうれつ」のタイトルをそのまま拝借して展覧会に出品しました。
こういう貴重なアドバイスが頂けたのは,家族経営の地域に密着した専門店だからこそだと思います。これが,知識のないアルバイトの店員さんのいる店だったらどうでしょう。すぐに引き伸ばしてくれて,私はそれを出品していたに違いない。それはそれで満足したと思いますが,決して学ぶことはなかったでしょう。
「写真代の安さや便利さが最優先」という価値観であれば,オンラインで注文するかもしれません。しかし,知識ある専門家から頂くアドバイスは,一生もの。写真代の節約程度じゃあ買えませんね。
客の注文に応じてくれない店。目先の利益ではなく,プライドのあるいい仕事をする店。「餅は餅屋」です。価格競争は激しくなり時代はますます便利になっていますが,人間的なものや本質はどこかに置き去りにされているのかもしれません。
この「頑固おやじ」(失礼!)の率直で鋭い意見はいつも心に留めています。写真を撮る時も,作品を作る時も,「きれい」・「かわいい」のならば,どこが?どうして?と自分に問う。「一般的にきれいとされているから」や「みんながかわいいと言っているから」,「かわいいものを使ったから」は理由にならないよ,と。そもそも「私が思う『かわいい』って何?」と。
水面に映る景色(11月17日記事)に惹かれるのは,この写真が原点のような感じがします。
「どこかで見たもののまね」ではなく,「自分自身が心を動かされ,おもしろいと思ったもの」を見つけていきたいと思います。