日本語を教える上で難しいのはよく敬語だといいますが,それはいわゆる「尊敬語」や「謙譲語」のことではありません。文法などの決まりを勉強すれば身につくことではなく…

問題は,年上や立場が上の人に対して使う言葉の区別。

「褒めることはいいことだ」とばかりに褒めまくっていても,相手が喜んでいるとは限りません。おせじではなく本心であっても,相手に正しく伝わらなければ残念なことです。

プロの絵描きに「思っていた以上にすごいですね」。料理教室の先生に「お上手ですね」。会社の上司に「大したものです」。手術をしてくれた医師に「感心します」。取引先の目上の人に「結構やりますね」。義理の父に「なかなかのものですね」。高い地位についている方に「偉いんですね」…。

「思っていた以上」・「結構」・「なかなか」という言葉は,明らかに評価です。目下の者が目上を評価するということ!

「感心する」は,大人が子どもに使う類の言葉です。英語ではI'm impressed.ですから,日本語クラスでは「感心する」という日本語訳には気をつけるようにくどく言っています。「感銘を受けた」は問題ありません。

「偉い」という言葉も,直接的に使う言葉ではないと思います。「エライ」って片仮名で書くと余計に幼稚でバカにされているようにも取れます。「あなたってエライんですね」なんて言われたら,「あなたは私たちと違ってさぞや優秀なのでしょう」,つまり「道理でお互いの気持ちがわからないはず」という皮肉だと解釈されます。

本人には深い意味はなくても,「上手だとは聞いていたけれどそんなに上手だと思っていなかった。意外にうまいので驚いた」と見下した印象を与えます。まさか,このニュアンスを理解していないとは思わないので,嫌味とも受け取られかねません。

「さすがですね」も,私は使いません。「実力にふさわしくすごい」ことなのですが,いくらすごいとはいえ推し量れるほどの実力だという響きが否めない。「さすが!」と直接言うのも何だか白々しく感じるので,これも間接的に他での会話で使っています。

会社の上司等が「すごい」のは当たり前のことなので,「あなたは~だ」とやるとどうしても上から目線の評価を下すことになります。ですから,(あなたの)おかげで,「私は助かった」・「私は上手にできた」・「私は嬉しい」のように主語を自分にするのがよいと思います。

もちろん,英語にはYou're amazing.(すごいね)というような表現がたくさんありますが,対等意識のある文化なので,英語においては不遜さは全く感じられません。

ちなみに,主人に言わせると「アメリカの学校はほめ過ぎ。簡単な足し算ひとつで,Wow!You are great!!と大げさにやっている。実学年に相当する能力でいえばほめる内容ではないのに」です。

英語でもI love your pie.(あなたの焼くパイが大好き)やI enjoy this class.(この授業が好き)などのようによく言います。人の能力を直接ほめる・判断するのではなく,作品や仕事などで自分が受けた恩恵等で「間接的にほめる」のがよいと思います。

高機能のクラフト道具などについても,「この道具は,ここがこうなっていてとても便利。よくできているんですよ」と言ってみたりもしますが…私ごときが上から目線で言うセリフではない。まあ,直接メーカーさんと話しているわけではないのでいいのですが。

日本語は,ひと言で済ませるのが難しい言語だと思います。だからなのでしょう,流行言葉として数々の略語が生み出されて重宝されていますが,あらたまった場では正しく言い換えられない若者も多いのでは?

相手や状況に合わせて文を作るのは自分。相手に不快感を与えてはよい人間関係も築けないし仕事上でも不利になります。

間もなく,アメリカでは年に一度の日本語能力試験(JLPT)の日がやってきます。N1(一番上のレベル)は,80%以上とれる大人の日本人は多くないと思っています。