お久しぶりです
今日は、ココちゃんの
事を書きたいと思います。
なかなかブログを書く事が出来ずにいました。
ココちゃんは去年の11月にお空へ旅立って行きました。経緯を綴っていきます、
最初は、動物病院で心臓の音に雑音があるので、検査すると言う事から始まりました。
2021年8月7日でした。
その時はココちゃんに特に体調も悪くなく、びっくりしたのを覚えています。
検査の結果
増帽弁閉鎖不全症と
肺高血圧症
でした。どちらも初期病変でした。
薬は
血管拡張剤と
強心剤の2種類でした。
その後は追跡検査を定期的に受けていました。
でも、体調は普通で、検査をしても悪くなっていませんでした。
そして2023年夏に変化がありBUNの数値が爆上がり最高数値27のところ200を超えていきました。腎障害などでした。
でもゴハンは食べれていたので獣医さんは、
この数値で食べれるのは不思議だと言われました。
でも身体の水分がたらなくなり
ここから私達夫婦が毎日点滴をすることになりました。
主人がココちゃんを動かないように抱っこして
私が点滴の用意から全部私がしました。
点滴は針を刺すのが💉うまくいかず何回もやり直して可哀想でした。
ココちゃんは我慢してくれていていい子でした。
水分だけの点滴から水分と栄養剤を足したものに変わりました。
7月には覚悟していてくださいと言われましたが、7月の15歳の誕生日は具合は悪いけど、
なんとか持ちこたえました。
でも膵炎になっていました。
その後は食べたり食べなかったりで、ササミや牛肉など好きなものや食べれるものを与えていました。
だんだん食べなくなり1.7kgあったのに最後の検査では1.1kgになってしまいました。その時も覚悟してくださいと言われました。
やせ細っていき、横になったら起きようとしても起きれず手伝っていました。
歩いても疲れるのかすぐペットのベッドに
入って寝ていました。
最期には夜、力が無いのに私の布団に入ってきて、朝5時に目覚めると、もうお空へ行ってました。2023年11月3日でした。
最期は看取ってあげたかったのに、今でもなんで寝てしまったのか後悔でしかありません。
毎日体調悪くても頑張っていたので、その時が分からなかったのです。前日まで歩いていました。
最期の顔が忘れられず、思い出しては泣いている私が今もいます。
ココちゃんのお骨は毛糸で出来たイチゴケーキカバーの骨壷の中に入っています。
ココちゃん可愛いのが似合っていたので、可愛いくしたかったので、選びました。
夫婦で人生で初のワンちゃんをお迎えしたのがココちゃんだったのです。
本を読んだりして手探りで、ココちゃんを育てていきました。
ココちゃんは私のお腹や足の上が好きで、よく、寝転ぶと上に乗ってきて、まったりしていたり、そのままおネンネしたりしていて、可愛いかったです。
私の具合の悪い時にもお腹の上に乗ってきて、じーっとしてくれて何度も癒され助けられました。
まだまだいっぱい書きたいのですが、思い出すと辛くなり泣いてしまいます。
夢でいいからココちゃんに会いたいのですが、なかなか会えません。
ココちゃん大好きだよ。
また会いたい。ありがとうって伝えたい。
ずっと忘れないからね。
ココちゃんに出会えた事が私の幸せです。
そしていま次女ミルクと3女チョコの問題点があり、毎日が、大変です。
頑張らないとね。
ココちゃん心配しちゃう。
長いお話を最後まで見て下さりありがとうございました。
記録にブログで残したく書きました。
ではまた。


