ホームから書類が届きました。
「在宅サービス計画書」と「介護者教室・懇談会の開催について」の案内でした。

書類返送の再、封筒の表書きが出来ないのを配慮して下さいまして
書き込みされた封筒も同封されていました。

しかし懇談会の場所・会場・日程は書かれていましたが、
時間が記入されていないのです。 どうなっているの??

まぁ~しょうがないか!!
開設したばかりのホームなので、万全ではないのだろう。


書類を見ると、「利用者及び家族の生活に対する意向」という欄には・・・

本人:ここえ来た事はとても悲しい。色々考えると夜、眠れない。
家族:人と関わりながら、穏やかな生活を送ってほしい。


本人の意向を読んだ時に、複雑な気持ちになりました。

ホーム入所の前日に病院へ行って、妹が母に説明をしました。

その時に、ホーム探しは大変だったんだから~~
いいホームだよ!と話しました。

すると、母は入院中お隣のベットの人のご主人が、ホームの理事長をしているので
ホームに入所はできたと言うのです。

私は金銭的な事も含め、母のレベルに合った、生きがいを感じなら過ごせるホームと思っていました。


ホームの入所に到るまでには、管理人(辞めました)さんには80歳を過ぎているのに1人で置いているとか・・・

包括支援センターの人には、その場にいない人の悪口を言ったり、嘘を言うなどをしていました。
母には振り回される事も多くあり、今回の入院を機にホームに入れようと思いました。


妹はホーム探しの、私の苦労を知っているので、母の所(ホーム)に行って言ってやるぅ~と怒っていました。

言わないと気がすまない!!と言います。

今迄も注意をしたり、罵倒することも多々ありましたが・・・
反省もなく、自分の汚点は人の勢にばかりして、逃げしかなかったのだから言っても無駄だよぉ~
って事でやめました。

辛いわ~~~~
今日は骨折して、3回目の診察の日でした。

早々と洋服を着て外出の用意をすると、緊張しているのか?
頑張れそうな気持になれました。


1週間前の診察後、膝、股関節、腕、体中が痛かったり重苦しかったりで、
最悪なコンデションだったからです。

歩き過ぎによる膝の炎症だったので、動かず静養するのが一番かなぁ~と
ず~~~~と、家に閉じこもりロゴロしていた事もあり、心も病になっていたのかな?


病院のは予約時間の30分前に行き、受付を終わらせました。
少しでも早く診察を終わらせ、静岡銀行に行きたかったのです。

でも・・・
病院が終わったのは、何時もと同じ時間でした。


病院の送迎バスを利用して熱海駅に到着後、
徒歩で静岡銀行に行き、口座の開設を終わらせました。

静岡銀行には無理なお願いを受け入れて頂き、感謝しました。
書類を書く事ができないので、行員さんに代筆して頂きました。

素晴らしい対応に感動しながら、銀行を後にしました。


市役所にも行き書類の提出を終わらせ、市役所から近いイオンで買い物をしました。
昼食抜きだったので、スーパーの中の食事のできる場所を利用して食べたのです。

食事とお茶と思ったのですが、ペットボトルの蓋が硬くて片手では開けられません。
テーブルの前の男の人は怖そうで、お願いできませんでした。

子供連れのこわ~~い御婦人の娘さん(小2年位)が、
手どうしたのぉ~と声を掛けて来たので、開けてもらえる!とお願いしました。

ママの口の利き方は乱暴で怖い感じでしたが、人が良さそうでした。
帰ろうとしている私を見てママは、買い物した商品をmyバックに入れてくれました。

本当にありがとうございました。


私は困っていたけれど・・・
声を掛けやすい人でなければお願いはできないので、声を掛け安いのは人徳だと思います。


娘が来てくれた時に入浴しただけで、入浴する気分に成れなかったけれど・・・
気分的にハッピーになれたので、入浴しようかなぁ~と思えました。

家に帰ってすぐに入浴しに行きました。
今迄は妹&娘に洗ってもらっていたのですが、1人では自分でするしかありません。

片手で洗っていると、入浴していた人が背中を流してくれました。


骨折をした事で人の温かみを知り、負から学ぶ事の多さを再確認しています。


元気になったら~~人には親切に、声を掛けやすい人柄になる努力をしたいと思たりしています。
母のホーム入所の契約書の取り交わしも、終わっていない。
書類は出来しだいで良いと、ホームに了承して頂いています。


今日は「介護保険負担限度額確定申請書」提出限定6月18日も届きました。

何しろ書類を記入出来ない(右手骨折で)ので郵送は無理です。
役所に出向き説明するしかないだろう。


全てを終えて、気分的に楽になりたいのに・・・
何で1人で苦労を抱え込まなければ、ならないのだろう??

書類に目を通すのも面倒なのですが、母の滞っている書類に気だけが焦る。


母と過ごした記憶が無いに等しいのに・・・
何故か?? 1人で責任を背負わなければならない、自分がいる。

家庭が崩壊していなければ~~
交流も無かった母の世話は、夫の手前してやれなかったはず。


しょうがない!!!と思いながらも、貧乏くじを引いたものだ。