昔からそうだ
私の嫌な予感は外れることを知らない

出かける時にカウンターに座り電話中のあの男が話していたことが耳に入ってきた
そしてその言葉がずっと心に引っかかっていた

そんなことはこれまでもあった
そしてその度に誰かがいなくなったり
突然スタッフに小遣いだと金をばらまいてみたり

「第3倉庫に8時半。」

ザワザワする気持ちをしまいこんで駅のホームで彼を待っていた
約束の時間はとっくに過ぎている
時計を見ると8時半を過ぎていた

とてもジッとしていられなくなり
走り出した
行き先は彼の部屋
ドアに鍵はかかっていなかった
玄関には彼のお気に入りの香水の残り香がした

部屋に入り彼がパスポートと呼ぶあれを確認しようと思った
それが必要な事だった
金庫が置いてある
数字の入力が必要だ

彼の誕生日
彼の電話番号
彼に纏わる数字を色々入れてみる
最後に自分の誕生日を入力してみた
あっけなくロックは解除された

中には何もなかった。

私はまた走り出した
勝手に涙が溢れる

泣きたい訳じゃない
まだ終わりじゃない。
まだ終われない。

なのになのにどうしよう。
涙がとまらない

立ち入り禁止の波止場の入り口付近
とまらない涙のその意味を知る

私の嫌な予感は外れる事を知らない

幼い頃にあの男のボスが
両親の命を奪ったあの時から、、、

その日は父親が私に発表会で踊るためのドレスを買ってくれる約束だった

学校からワクワクしながら帰ってきたはずなのに
玄関の前に立ち止まり
何故かドアを開けるのを戸惑った

嫌な予感は当たるのだと
子供ながらに感じたあの日

キッチンに行くと
父親が母親の上に覆い被さるように倒れていた

全てを真っ赤に染めて

母の目はカッと見開かれていた
今際の際に目を閉じないのは
伝えたい何かがあるためだ

あの男は幼い私をこの街に連れてきた
生きる為に私は踊った

母親は街一番のダンサーだった
母の踊りに誰もが惹き付けられた

父親は少しヤキモチ焼きの
人の良い子煩悩な働き者だった

私の大切な人がまたあの男達から奪われていった

私は彼の手が大好きだった
ギターを爪弾く指先は繊細でとてもエロティックだった

酔った彼がギターを爪弾きながら歌うマイウェイの歌声は私に何かを伝えていたのか

貴方はあなたの道を生きたの?

彼がうつ伏せに倒れていた
おびただしいほどの血の道筋が彼の後ろに続いていた

私の大好きな彼の手が何かを掴むように差し出されていた

血に染まった指先がピンスポットをあてられたように美しかった

駆け寄り彼の手を掴み頬擦りをした

「待ってたんだよ。
遅いから迎えにきたよ
私がせっかちなこと知ってるよね?」

もう2度と帰るつもりのなかった
故郷アンダルシア
誰にも故郷の話はしなかったのに
彼が自分の母親のとても悲しい出来事を話してくれた時

「アンダルシアには憧れのダンサーがいるの」

「今度一緒に行こうよ」

誘ったのは私

「その人の躍りを見てみたいな」
そう彼は言った

(そのダンサーにはもう会えないんだ)

心のなかでそう呟いた

彼となら彼とだから
帰ろうと思えた
あの幸せだった頃の自分が育ったあの街に

辛い記憶も思い出も全部
彼と一緒なら越えられると思えた
過去に向き合い
前を向いて歩けると信じた

彼に呟いた

「今日のスーツ素敵だね
靴もイカしてるよ
私もお気に入りのドレスを選んだよ」

うつ伏せの彼を上向きに寝かせ

ずっと見開いたままの瞳をそっと撫でた



貴方は誰に何を伝えたかったの?

彼のスーツの内ポケットから
コルトを取り出した

「パスポート受け取ったよ」

私は薔薇のかわりにコルトをくわえた
グラナダの歌が聴こえる
まるで2人を祝福するかのように

真っ黒なコルトは薔薇色に染まり

倒れ込む私は彼の唇にキスをした

さあ行こう

アンダルシアのあの青い空へ




その男はそこに立っていた



二人のまわりに広がる血の海をみて
男は寂しそうに呟いた

「まるでバージンロードだな」