夫の退院後、それでも後遺症に関しての様々なアプローチは諦めないで続ける予定です。

退院時のMMTのスコアが高かったため、通所リハビリもなく、全て自分でやってください!という野放し状態です。

身体機能のみならず、高次脳に関しては、病院で出来るテストは所詮二次元のテストに過ない。特に仕事となると、より複雑に同時に起きる様々な出来事を、同時に更にはプライオリティをつけながら処理をする必要があるため、仕事の現場でしか回復機能を上げることはできないと、主治医からのコメント。
よって、さっさと会社に戻りましょうとのことです。

とはいえ、満員電車にゆられて、片道一時間半の長距離通勤ですら、まだ耐えうる体力もございません。ので、この1ヶ月にバンバン外出して、体力をつけるカリキュラムも必須です。

これから1ヶ月のアプローチとしては、
[ 現在の病院でプラトーと判断され仕舞いの左の違和感、痺れ、頭がぼーっとする高次脳について可能性]
①セカンドオピニオン受診
これは、いつか参考にした本でも紹介した、彼の先生のところに参ります。入院中に予約して2ヶ月待ちでした。
②東洋医学(鍼、漢方)
健常側のコリの解消とバランスを整えること、また痺れの解消の可能性を探ります。
③かかりつけ医の発掘
血圧コントローラーとなる主治医ですが、脳疾患専門医で今は総合医というbetterな方を見つけました。
[高次脳後遺症の見極めと対策]
④メンタルクリニック
後遺症による鬱なのかの見極め、感情や意欲が湧かない部分のケア。また復職後のストレス対応の予防的な側面も見越して。
[体力面、左麻痺のフォロー]
⑤パーソナルトレーナー1
コアトレーニングを中心に身体機能のバランスをきちんととり、正しく使うことを専門にみるトレーナーをつけました。月に一度。
⑥パーソナルトレーナー2
上記トレーナーさんは、遠距離のため、自宅から歩いていける距離のジムをメインにします。こちらでは、実際に病院でPTをやってらっしゃるトレーナーさんに着き、筋トレや体力向上のためのトレーニングをします。週2回。
[おたのしみ]
⑦湯治
脳疾患の後遺症なら、というところにリラックスがてら湯治の一人旅です。リハビリのために自炊生活にチャレンジです。
⑧ビジネスセミナー
時間のあるうちに、専門外のことでも知的欲求を刺激します。
⑨ゴルフレッスン
趣味のゴルフを再開するため、一からのチャレンジです。
[おつとめ]
⑩娘の塾のお迎え
電車の訓練も兼ねて
⑪家事も少し

会社に復帰する想定で、毎日日中は何らかの予定を入れました。退院が決まってからの1ヶ月、カリキュラムを組むのに東奔西走しましたが、いずれも良い病院やトレーナーさんに出会えました。結果は出るかどうか解りませんが、まだまだ脳と体の可塑性にかけてチャレンジをしたいと思います。






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夫が倒れてから、間もなく3ヶ月。病院に通う生活にも馴れ、毎週末外泊で自宅に帰ってくる日々を1ヶ月ほど繰返しています。
おかげで、平日に毎日病院に通わなくとも、夫も家族も何だか精神的に安穏でいられるようになって来たのが一番の良いところです。
帰ってきてからの生活のレベルが想像出来るので、日常生活で家の中で過ごすのは誰の介助がなくとも任せておけそう、ということは本人以上に、私も母も一段階クリア!という気持ちで一安心です。

おかげで、仕事にかけられる私の時間も精神的な余力が出来るようになり、当然ながらオフィスにいる時間が延びてきました。今までのツケが効いてきて、この2週間は当たり前のように深夜残業。

この働き方はいけないな~と思っていた矢先、9月の飛び石連休を4連休にし、夫を外泊させ病院に送り返した夜に、まさかの40℃の発熱。そこから丸3日間、寝込みました。
この3ヶ月の疲れが一気にきた感じです。

看病する方も疲れるよ、とあちこちから休むようにと言われて来ましたが、全力投球しか出来ない私は、力の抜き方が良くわかっていません。夫の退院後から職場復帰に向けての日々は、またチャレンジの連続になるので、私も疲れを溜めないように、何とかしなくては。。。



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発症から3ヶ月を待つことなく10/6に退院しました。この日、関東地方は朝から台風で激しい暴風雨。雨男の夫らしい、凄まじい天気での門出となりました。

こんなに早く回復が出来るとは、3ヶ月前には思ってもみませんでした。
ぱっと見たところ、左麻痺があるのかも一見分からない程度に歩けるようになり、やや使いにくい程度に左手も回復を遂げました。

車椅子でも何でも、外に自力で出て社会生活が営めれば良い、
贅沢を言うならば自分自身の足で歩ければ何でも良い、、、と思っていたので、私にとって、今の夫の姿は奇跡です。

結局、温度や触られても分からない感覚障害は残り、発症後1ヶ月目からは激しい痺れが出ました。高次脳は注意障害と、いわゆる執着する傾向が本人の自覚が余りなく残っています。これは、軽い鬱によるものかと考えています。

世界中を飛び回って働いてきた夫にとっては、ビジネスのスピードやフレキシブルさ、そしてこれまでの勘を取り戻すには、少しハードルが高そうです。ここは次の目標です。

会社への復職は来月下旬頃になりそうなので、この先、1ヶ月でまだまだ回復を信じて色んなことを試そうと思います。



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夫が入院してから2ヶ月、どんどん回復し、回復期リハビリ病院に移ってから1ヶ月のタイミングで、主治医との面談がありました。

これまでの担当しているPT/OT/STの担当からのリハビリと各機能の回復の状況、これからの計画、また病棟での担当ナースからの日常生活のコメントなどが事細かに話されました。医学的な回復レベルとしては十分なので、社会復帰に向けて早く日常生活に戻って体力、気力をつけるべしとのことで、あっさり退院が決まりました。

8月末から週末は毎週自宅に戻り、家の回りを歩いたり、電車に乗って練習をしてみたり、買い物に出たりと色々な状況を試してみました。最初は緊張感が強く、少し出歩いただけで疲れて血圧も170まで上がってしまったりでしたが、回数を重ねるにつれて慣れてきました。

感覚障害がネックで、電車の椅子に座る位置がずれてぶつかったり、エスカレーターの乗る位置がおかしかったりしましたが、それも徐々にコツをつかみ、クリア出来てくるので不思議なものです。

毎週日曜の午後に病院に戻り、即リハビリですが、外泊中にあった課題を担当のセラピストに話して、クリアするための動きを教えてもらって復習をしている感じです。
退院が決まってからの1ヶ月は、外に出るためのカウントダウン。発症後約2ヶ月で実践トレーニングが出来るレベルまで来たことに担当チームの先生方も驚いてくださいました。



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今の病院に転院してから、身体的な回復は目覚ましく、それは現実として喜ぶべきことで、小さくても大きな進歩に私をはじめ周囲の人間は単純に良いこととして受けとめている。

しかし、とうの本人は身体的な回復に反比例するかのように顔つきが曇る一方。

急性期の病院で、リハビリがスタートしSTのテスト地獄だった時期にも同じ傾向があった。あの時は、短い時間のテストは問題なくクリアするものの、単純作業が延々と続くものでは時間の経過につれ失点が嵩むことに本人は心配をしまくった。集中力と注意力の低下。しかしテスト内容も結果を見ても許容範囲。そもそもの発症前のベンチマークとすべきスコアがないので、比較するのは本人の感覚のみで、そこは気にするところではない!と切り捨てても本人は納得がいかず落ち込みまくる。

回リハ病院に移り、テストのスコアも健常者の標準域に到達したものの、それが余計に不安を掻き立てるという。頭にまるで靄がかかったようにすっきりしない、何か処理するにもスピーディーにこなせない!とイライラが募るばかり。ここで向き合うテストどころじゃ、仕事なんてとても出来ないと焦る。

そりゃ、脳が切れて2ヶ月、そんなもんじゃないの?と先生も看護師さんもセラピストさんも皆が口々に言う。でも、テストで正常と言われてしまったら、これ以上の回復は見込めないと言われたようなものだ!と考えてしまった様子。正直なところ、幾分かの注意力の欠如、判断力の鈍さはある。でもまだたった2ヶ月。歩くことに必死でいた頃には気がつかなった小さな違いが見えてくるんだろう。

確かに仕事と考えると、病院で向き合うテストのように単純ではなく、いくつもの要素が複雑にからみ、また同時進行で解決をしなくてはならないことの連続。比較しようにも次元が違う。

夫の仕事は、複数の外国語に数字、法律、プロジェクトの大きさに比例して関わる部署もメンバーも多数。おまけにディマンディングな客先も様々。そんな案件をいくつも抱える。これまでの仕事ぶりを振り返れば、不安だらけの気持ちも理解出来なくもない。

まだ3次元の同時進行が出来ず、複数のことが一気にふりかかるとパニックを起こす状況の夫を見ると、本人が目指すゴールへの道程長さを痛感する。まずはそんな自分を客観的に見ること、つまり自分の状況を受け入れない限りは難しいんだろうな、と思った。

同じところをグルグル迷って悩んでいる夫に向けて何と言葉をかけるべきなのか、この状況が続いてそろそろ1ヵ月、私自身まだ答えが出ない毎日。





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