「こどもの日」ですね。

昔から、
子どもの成長を祝う習慣がありますが、

未だに子どもとは会えていないので、

無事に成長してくれることを祈っています。



さて、

あなたは、
裁判所を利用したことがありますか?

調停をしたことはありますか?

調停委員の印象はどうでしょうか?



私は、
1年半で10回ほど、
調停のために裁判所に行きました。

妻に子どもを連れ去られ、

その後、
離婚と婚姻費用の調停を起こされました。

それに対して、
私が面会交流の調停を起こしましたが、

結果は、
離婚と財産分与は成立。

面会交流は不調に終わり、
その後、
審判になる前に取り下げました。

理由は、
調査官に対する不審感。
再び調停をする予定だったので、
 審判での不利な決定を避けました。

それが、
正解だったのかはわかりませんが…
当時は、精一杯の考えでした。



 そんな事もあり、

今回は、

調停委員に対する、
率直な感想を書きたいと思います。

今までに、
裁判所での調停、セミナー、講演会などでも
調停委員と話しをする機会がありました。

そこで、
「面会交流」の話しになると、

決まって、
どの調停委員も
「面会交流が出来ないのは我慢しろ」
と言います。

言葉や言い方に、
違いがあるかもしれませんが、

話しの内容は確かに、
「我慢しろ」と訴えてきます。

それでは、
調停をする意味がありません!

我慢できるなら、
はじめから調停なんか利用しません。



で、
つくづく思うのですか…

調停委員は申立人と相手方、
どちらの味方でもありませんよね。

それは、分かります。

ですが、
調停委員が味方になっているのは、
調停委員自身なんですよね。

そこにあるのは、
調停委員自身の都合だけなんです。

弁護士が相手だと弱腰だし、

弁護士との馴れ合いもあるのでしょう。

口先だけでものを言ってる感じがします。



やはり、

裁判官だけでなく裁判所にいる人間は、

自分自身の都合しか考えてないですね。


体験してわかりましたが、

裁判所にあるのは、
「正義」ではなく、
「処理」だったんです。

裁判所幻想から目が覚めましたよ。




最後まで読んで頂きまして、
ありがとうございました。