Uさんが、幼いころに体験した出来事です。
ある夏、Uさんは家族で海水浴場にやってきました。
Uさんが浜辺で貝殻を拾っていると、ワンピース姿の女性が近づいてきました。
「お姉さんも、貝探してるの?」
Uさんがそう尋ねると、女性は静かに首を振りました。
「たくさん見つけたから、お姉さんにあげる!」
そう言ってUさんは、拾った貝殻を女性にプレゼントしました。
女性はそれを受け取ると、ニコリと微笑みました。
そしてしゃがみこむと、Uさんと一緒に、貝殻を探してくれました。
その後も2人は砂のお城を作ったり、砂浜に絵を描いたりして遊んでいました。
※※※
Uさんは女性としばらく浜辺で遊んでいましたが、そろそろ海に入りたくなりました。
「お姉さん、私泳いでくるね。一緒に遊んでくれて、ありがとう。」
そう言って女性に別れを告げ、浮き輪を持って海に入っていきました。
ところが、思ったよりも波は高く、Uさんはうっかり浮き輪を手放してしまいました。
…足が届かない!
Uさんは慌てて浅瀬に戻ろうとしましたが、波に流され思うように泳げません。
このままじゃ、溺れちゃう!
そう思った時でした。
沈みかけていた自分の体がふわっと浮く感覚がしたと思うと、Uさんは誰かの腕の中に居ました。
それは、先程まで浜辺で一緒に遊んでいた女性でした。
女性はUさんを抱き上げたまま、浜辺へと泳いでいきました。
「お姉さん、ありがとう。」
無事浜辺に戻ったUさんは、女性にお礼を言いました。
その時、Uさんのお父さんが、流された浮き輪を持って駆けつけてきました。
「どこかで見た浮き輪が流れてくると思ったら、お前だったか。大丈夫か?」
「うん、このお姉さんが助けてくれた!」
「…お前何言ってるんだ、誰も居ないぞ?」
驚いたUさんが振り返ると、そこにはもうあの女性の姿はありませんでした。
いつのまに…私、幻でも見たのかな?
※※※
夕方になり、Uさん一家は海を後にしました。
浜辺沿いの道を、車は走って行きます。
不思議なお姉さんだった…ちゃんとお礼を言いたかったな。
そして、赤信号で車が停止した時です。
Uさんは、何気なく窓から海を眺めました。
すると海の中に、何か白い物がフワフワと漂っているのが見えました。
Uさんは窓を開け、少し身を乗り出しそれを見ました。
そこには、白いワンピースを着た女性が浮いていて、こちらを見ていました。
それは、あの女性でした。
Uさんは嬉しくなって、窓から叫びました。
「お姉さん、今日はありがとう。またいつか遊ぼうね!」
すると女性はニコリと微笑み手を振ると、そのまま海の中にゆっくりと沈んでいきました。
そしてそれきり、浮かんでくることは無かったそうです。
※※※
「生きてる人でも、そうじゃなくても、一緒に過ごせて良かった。あの出来事は、忘れられない夏の思い出だよ。」
そう言って、Uさんは海を眺めました。
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Hさんから聞いた話です。
Hさんは、祖父の為に毛糸のマフラーを編んでいたそうです。
しかしその途中で、毛糸が足りなくなってしまいました。
以前毛糸を買ったお店はもう閉店してしまった為、Hさんは隣町の毛糸屋さんまで買いに行くことにしました。
いざ行ってみると、自分が探している色とは微妙に違う物しか置いてありません。
どうしよう…無理やり色を合わせてもいいけど、祖父はあの色が気に入っていたし。
そこでHさんは、他にも何件か毛糸屋さんを回ることにしました。
しかし求めている毛糸は、どこにも売っていませんでした。
「おじいちゃん、マフラーが完成するの、もう少し待ってね。」
Hさんはそう言って、祖父に謝りました。
※※※
ところが、それから3日後にHさんの祖父は突然倒れ、そのまま帰らぬ人となりました。
「こんなことになるなら、無理やりでもマフラーを完成させればよかった。」
Hさんは後悔し、泣き明かしたそうです。
それからしばらくしたころ、Hさんは旅行で、ある町を歩いていました。
すると前方に、見知った人が立っているのに気づきました。
「あれは…おじいちゃん?どうして、おじいちゃんはもう亡くなったのに!」
Hさんの祖父はHさんを見て微笑み、手招きをしました。
そして、その場から歩き出しました。
Hさんは、慌ててその後を追いました。
Hさんの祖父は何度も振り返り、その度に手招きをします。
Hさんは祖父を見失わないように、必死で後を追いました。
するとHさんの祖父は、あるお店の前で立ち止まり、その中へ入っていきました。
そこは、とある手芸屋さんでした。
Hさんも、その後に続きました。
…おじいちゃんはどこ?それにしても、ここはずいぶんたくさんの毛糸が置いてあるな。
「あ、この色の毛糸は!」
そこにはHさんの探していた毛糸と、全く同じ物が置いてありました。
Hさんはそれを購入し、マフラーの続きを編み、ようやくそれを完成させました。
※※※
「おじいちゃん、マフラーを楽しみにしてくれてたんだね。だから毛糸が売っているお店を、私に教えてくれたんだよ。ようやく渡すことができて、良かった。」
Hさんはそう言って、微笑みました。
私が小学校低のころに体験した話です。
私は母と同じ部屋に布団を並べて寝ていました。
ある晩のことです。
私たちが寝ている部屋へ誰かが近づいてくる気配を感じ、目を覚ましました。
ペタ・・・ペタ・・・と裸足で廊下を歩く音が近づいてきます。
それが部屋に入ってきたと感じた途端に、急に体が動かなくなりました。
それは隣で寝ている母の方へと近づいていき枕元に座ると、眠っている母の顔をじっと覗き込みました。
それは女の人でした。
顔はぼんやりといていて表情はよく分かりません、でもとても怒っているように感じました。
その時の私は、母に背を向けた横向きの状態で体が動かなくなっていたので、実際にはそれを目で見ることはできません。
それなのになぜかその様子が、頭の中にはっきりと見えているのです。
女の人は次第に前のめりになり、母の顔に自分の顔を近づけていきました。
顔がぶつかる!と思ったその時、私は急に息ができなくなりました。
苦しくて体を動かそうとしましたが全く動きません。
このままでは死んでしまう、助けて!
そう思った時、何とか声を上げることができました。
その瞬間体が動くようになったので、私はすぐに母の寝ている方へ振り向きました。
そこには、もう誰もいませんでした。
※※※
朝になり、自分が見たものについて話をしようと、朝ご飯を作っている母の元へ行きました。
すると母が、先に私に話しかけてきて、こう言いました。
「変な夢を見た。女の人が枕元に座って怖い顔で私の顔をじっと見つめるの。顔をどんどん近づけてきて、怖いから起きようとしても目が開かない、体が動かせないの。そしたらその女の人、私の首を手でぐっと絞めてきて…苦しくてもう駄目だと思ったらあなたの声が聞こえてね。そしたら女の人が消えて、急に体が楽になって目が覚めたのよ。」
母の話を聞いて、私は自分の見たことを話すことができませんでした。
怖かったのと、なんとなくこれ以上この話をしてはいけないと思ったからです。
その夜の出来事は、夢か幻だったのかは分かりません。
ですが、私と母が見た女の人はきっと同じ女の人だったんだろう、なぜかそれだけは確信がもてるのです。
三つ目の体験は、彼女が文化祭の準備で、数人の友人と放課後まで学校に残り作業をしていた時のことです。
体育館前の広場で劇に使う大道具を組み立てていると、どこからともなく視線を感じたそうです。
手を止めきょろきょろとあたりを伺ってみても、彼女たちの近くには誰もいませんでした。
気のせいかと思い作業を始めると、またどこからか視線を感じます。
そしてまたあたりを見回しても誰の姿もありません。
「ねえ・・・誰か見てない?」
「私もそう思ってた、でも姿が見えないし勘違いかと思って言えなかった。」
そのため彼女も、自分もそう感じていたことを告げ、みんなで一緒に視線の主を探そうということになりました。
建物の陰に隠れて見てるのかも、誰かのストーカーだったらどうしよう、などと話をしながらみんなで近くを歩いて探しました。
しかし誰も見つけることができす、残りの作業は明日に回してもう帰ろうとなったそうです。
だいぶ暗くなったねとみんなで空を仰ぎ見た瞬間、一人の子が「ギャー!」と声を上げました。
びっくりしたみんながどうしたのと尋ねると、その子はあそこ、あそこと震える手で体育館近くにある樹木を指さしました。
そこには自分たちが探していた視線の主がいました。木
木の葉と葉の間から、大きく見開かれた眼がこちらを睨みつけていたのです。
血走り瞬き一つせず、こちらを見つめる眼。
周りの友達もそれに気づいたようで、悲鳴を上げたり座り込んだりしています。
彼女は変質者が自分たちを覗いていると思い、すぐに先生を呼びに行こうと第一発見者の友達の手を引きました。
しかし友達は動きません。
そしてこう言ったのです。
「変質者じゃない・・ていうか、あれ人間じゃないよ。だって眼だけしか見えてない。体が無いよ。」
そう言われ、彼女はハッと気づきました。
今の季節は秋、枝につく葉もまばらになり始めた状態でどうして眼しか見えないのか。
木に登り隠れて覗き見ているなら、葉が落ち空けた枝の間から手や足が見えていいものなのに、眼だけしか見えてないのはおかしい。
何よりおかしいのは、薄暗くなり近くの友達の顔さえぼんやりとして見えるというのに、どうしてその眼だけはこんなにもハッキリ見えるのか。
彼女は友達の手を引き他の子にも声をかけ、体育館へと逃げこみました。
そこは部活動の最中で顧問の先生もみえた為事情を説明すると、すぐに外に出てその木を確認してくれたそうです。
しかしそこにはもうそんな眼はなく、誰の姿も見つけることはできなかったそうです。
そして戻ってくると彼女たちにこう説明したそうです。
「あんな高いところに登って降りて逃げるなら、梯子がないと無理だな。でも、梯子の跡や足跡も見つからなかった。わずかな時間に跡を消して梯子を担いで逃げるなんて、普通はできないだろうな。まあ…この学校だしな、そういうおかしなこともあるだろう。」
※※※
これらの話を聞いて、私は彼女に質問しました。
こんなに怖い体験をして、霊感があるんじゃないの?と。
彼女が言うには、もともとは何も感じないし見ることもなかったそうです。
I高校に入学してから、変なものを感じたり見るようになったそうです。
そしてそのような変化は自分だけではなく、周りにも同じような子が何人もいたといいます。
そして学年が上がるにつれ、ますますその頻度は増えていったそうです。
しかし高校を卒業してからはいわゆる心霊体験というものは減っていき、今はもう何もないとのことでした。
「あの場所が、怖いものを呼んでるんだよ。私は一時そこに足を踏み入れた、だから見えたんだろうね。」
彼女はそう言って、話を締めくくりました。
二つ目の体験は、彼女が新校舎にある自分の教室で授業を受けていた時のことです。
どこからともなく、ピアノ演奏で「エリーゼのために」が聞こえてきたのです。
音楽室は教室から遠く離れた場所にあるため、これまで楽器の音や歌声は一切聞こえることはなく、おかしいと思った彼女はふとノートから顔を上げました。
その瞬間、彼女は金縛りにあい体が動かなくなってしまったのです。
そして気づいたのです、何者かが自分の両足首をぎゅっと握っていることに。
声を出そうにも声は出ず、足を動かそうにも指先一つ動かせなかったそうです。
怖くなった彼女は心の中で般若心経を唱えました。
すると次第に体が楽になり、今まで聞こえていた「エリーゼのために」も聞こえなくなりました。
ようやく体が自由に動かせるようになり、そのころには授業が終わる時間も近づいていたのでほっとしたそうです。
ところがその授業が終わると同時に、数人の生徒が騒ぎ始めました。
その子たちは口をそろえて、授業中に急に「エリーゼのために」が聞こえてきたから、近くの子や先生に声をかけようとしたけど急に声が出せなくなったと言いました。
しかし他の生徒や先生は全くそんなものは聞こえなかったと言い、何より音楽室の音がここまで聞こえるはずがないことから、彼らの聞き違いということでその場は収まったそうです。
その様子を見た彼女は、自分も何かを聞き間違えたか、授業中うとうとして白昼夢でも見たのかと思うことにしたそうです。
※※※
その晩のことです。
彼女が家のお風呂に入ろうと靴下を脱ぐと、足首に妙なあざがあることに気づきました。
よくよく見ると、それは両方の足首にあり、一つの点と四本の線でできていました。
そして彼女は気づきました、これは指の跡だと。
誰かが私の足首をぎゅっと握りしめた跡。
これはあの時、あの「エリーゼのために」が聞こえた時につけられ跡だ…。
やっぱりあれは夢なんかじゃなく、現実に起こったことだと彼女は確信したそうです。
私の大学時代の友人が、高校生の時に体験した出来事です。
彼女が当時通っていたI高校は、地元では幽霊が出ると有名な学校だったそうです。
その高校が建っているあたりは昔処刑場があり、処刑された罪人たちの首が並べられていた場所だったそうで、その由来から、土地の名前が「〇首塚」と呼ばれていました。
I高校で怖いことが起きるのは、処刑された罪人たちの魂がいまだに成仏できず、この地にとどまることで怖いものを呼んでいるせいだろう、そう彼女は話していました。
そんな彼女が教えてくれた、一つ目の体験です。
彼女がI高校に入学してすぐに、驚いたことがあったそうです。
その日は旧校舎で授業があったため、そちらでお手洗いを済まそうと、初めて旧校舎のトイレに入ったそうです。
トイレを済ませ手を洗った彼女が顔を上げると、洗面台には鏡が一枚も設置されていませんでした。
不思議だなと思った彼女は、その話を教室に戻ってから友達に話したそうです。
するとそれを聞いていた男子が「男子トイレにも鏡はなかった。」と言い、他の女子も「私は鏡がなくて困ったから違う階のトイレまで行った、でもそこにも鏡はなかった。」と言いました。
みんなでおかしいねと話をしていると、ある一人の生徒がこんな話をしたそうです。
「先輩から聞いた話だけど、旧校舎のトイレには絶対に鏡をつけない決まりがあるんだって。トイレだけじゃなく階段の踊り場の姿見もついていないよ。理由は、トイレの鏡に変なものが映ることが、頻繁に起こったからだって。その内、生徒だけでなく先生や用務員さんまで怖い思いをしたから、最終的に鏡という鏡は全部取り外したそうだよ。」
ちなみにその旧校舎は、夕方の5時以降は立ち入り禁止になっていたそうです。
忘れ物をした、用事があるという理由でいくら生徒が頼んでも、絶対に鍵を開けてもらうことはできなかったと言います。
Aさんの故郷の村に伝わる昔話です。
その村にはある山があり、山中には誰も寄り付かなくなった神社がありました。
いつ頃からかは分かりませんが、夜になるとその神社から不気味な声が聞こえてくるようになりました。
「おーい、おーい。」
村人たちは気味悪がり、ますますその神社に近寄らなくなりました。
※※※
ある夜のことでした。
その山の中を、一人の旅人がさ迷い歩いていました。
旅人は山に差し掛かった所で日が暮れてしまい、泊めてもらえる家を探していたところ、迷い込んでしまったのです。
「仕方ない、ここで野宿をするか。」
そう思い、木の陰に腰を下ろした時です。
「おーい、おーい。」
おや、人の声がする。
近くに民家があるのか?
旅人は声のする方に、行ってみることにしました。
「ずいぶん古い神社だ。誰か居るのですか?」
「おーい、おーい。」
「どなたか知りませんが、私は旅の者です。ここで一晩泊っていきますので、よろしくお願いします。」
そう言って、旅人は社殿の中に入っていき、そこで一晩を明かしたそうです。
やがて朝が来て、旅人は目を覚ましました。
「昨晩は助かりました。私はもう行きます。」
そう言って社殿を後にし、山を下りていきました。
村の途中に来たところで、村人が驚いた様子で、旅人に声をかけてきました。
「あんた、その背中どうしたんだい?」
見ると、旅人の背中には、真っ黒な手形がべたべたと付いていました。
そこで旅人は、昨晩の出来事を村人に話しました。
「あんた、そんな恐ろしい神社に、よく一晩居たね。大した度胸のある方だ。」
「何、恐ろしいことなどないよ。むしろ、屋根のある所で眠れてよかった。あのまま山の中で眠ることになった方が、自分は恐ろしいくらいだ。」
そして、旅人はあることを口にしたそうです。
「昨日、不思議な夢を見た。夢の中に真っ黒い人が出てきて、こう言うんだ。もう一度祀って欲しい、と。夜に聞こえるおーいと言う声は、あの神社に居るものが呼ぶ声だ。もう一度祀ってくれと訴えてるんだよ。」
旅人は手形の付いた服を脱ぎ、村人に渡しました。
「これを持って、神社に参るんだ。そしてちゃんと祀ってあげたらいい。そうしたら、声は聞こえなくなるよ。」
そう言って、旅立っていきました。
それを受け取った村人は村の皆を集め、どうするかを相談しました。
その結果、旅人の言う様に再び神社を祀ることにしました。
荒れていた神社を綺麗にし、お供え物をし、皆でお参りしたそうです。
するとそれ以降、あの不気味な声が聞こえることは無くなりました。
それだけではありません。
近隣で疫病が流行った時や、作物が不作になった時、そんな時でも、あの村には何の被害もなかったのです。
村の暮らしぶりは見違えるほど良くなり、皆豊かな生活を送るようになったと言います。
※※※
「勿怪の幸いだな。 想像もしなかったことが身に幸福をもたらす、思いがけず得た幸いのことだ。勿怪とは不思議なこと、またはそのさまのことを言う。勿怪は、もののけが語源と言われているが、神社に居たのはもののけか、それとも神か…今となっては分からないね。でも、あのまま放っておいたら、きっとそれは、あの村に災いを呼んでいただろう。今あの村があるのは、あの旅人のおかげだな。本当に有難いことだ。」
そう言って、Aさんは微笑みました。
Jさんから聞いた話です。
Jさんの日課は、朝早く起きて仏壇にお経をあげることです。
仏壇の前には一枚の座布団がひいてあり、Jさんはいつもそこに座ってお経をあげます。
この座布団、夏場は特に何も感じないのですが、冬場は座るとひんやりと冷たく感じ、Jさんは座るたびに震えていました。
※※※
ある日のことです。
いつものようにJさんがお経をあげに仏間に行くと、座布団の上に飼い猫が座っていました。
Jさんは猫に一声かけどいてもらい、そこに座りました。
するといつもはひんやりと冷たい座布団が、猫の体温で温まっていました。
「ああ、お前が座っていてくれたから、温かいな。ありがとう。」
Jさんは嬉しくて、猫にそうお礼を言いました。
それを聞いた猫は一声鳴くと、仏間を後にしました。
それ以降冬になると、飼い猫はJさんよりも早く起き、座布団に座り温めてくれるようになったそうです。
※※※
今年も、冬がやってきました。
Jさんはいつものように朝早く起き、お経を上げる為に仏間へとやってきました。
そして、あの座布団に座りました。
「あれ、温かい…?」
Jさんは、座布団がほんのりと温かいことに驚きました。
どうして、温かいんだ…冬の朝の座布団は、ひんやり冷たいのに、なぜ?
あの子はもう、居ないというのに…。
そう…Jさんの飼い猫は、この冬が来る前に、事故で亡くなっていたのです。
※※※
お前が居ないから、今年の冬は座布団が冷たくなる、そう思っていたのに…。
お前はまだここに居て、変らず座布団を温めてくれているんだね。
Jさんは、飼い猫の自分を想う気持ちに感謝し、涙を流したそうです-。
Dさんは思春期の頃、自分の容姿に酷く悩んでいました。
もっと目がぱっちりしていたら、良かったな。
もっと鼻が高かったら、良かったのに。
もっと顔が小さければ、もっと…。
毎日、家や学校で鏡を見る度、そこに映る自分を見てそう呟いていたそうです。
※※※
ある日のことです。
Dさんは、珍しく旧校舎のトイレを利用しました。
そこのトイレは古く、おまけに花子さんが出るなどという噂もあり、使用する生徒は少なかったそうです。
Dさんはいつもの様に、鏡に映った自分を見て自分の容姿を嘆いていました。
その時です。
鏡に映った自分が妙に薄暗く、歪んで見えることに気づきました。
不思議に思ったDさんは、鏡に顔を近づけました。
すると鏡に映っている自分の顔が、見知らぬ女の子の顔へ変わりました。
Dさんは、これが噂の花子さんかと驚き、飛びのきました。
鏡の中の女の子は身を乗り出し、こちらに顔を近づけてきました。
Dさんは、女の子に何かされるのかもしれないと、思わず身をすくめました。
すると女の子は、口を開きこう言いました。
「悪いことは口に出しちゃダメ。このままじゃ、本当に醜くなるよ。」
そういってニッコリ笑うと、消えてしまったそうです。
※※※
そんな出来事があって、Dさんはあまり自分のことを悪く言うのは辞めたと言います。
そして、それからは毎日、鏡の前でニッコリ笑うようにしたそうです。
それを何度か繰り返す内に、嫌いだった自分の顔を、少しづつ受け入れられるようになったと言います。
「私、あのあの子に会ってああ言われなかったら、今頃は美容整形に依存してた気がする。どういうつもりであの子が現れたか分からないけど、私は救われたと思ってる。」
Dさんは、そう口にします。