歴史の読解力 | ライオンシティからリバーシティへ

歴史の読解力

40歳を過ぎて、歴史が好きになった私だが、昔からずっと、好きだったわけではない。


中学高校の歴史の時間。年号の暗記は退屈だったし、過去の遺物が陳列してある博物館は、ますます苦手だった。


今、思うと、中学生のとき歴史に興味がもてなかった理由は、私が守られた世界にいて、経験が少なく、歴史を実感を持って感じることが出来なかったからだと思う


通ったミッション学校では、「他人のことを思いやりましょう」「皆仲良くしましょう」「弱い人、恵まれない人は助けましょう」「平和を大切にしましょう」と教えられてきた。


それなのに、歴史のなかでキリスト教徒のやったことはひどかった。


たとえば、十字軍。インカ帝国の侵略。奴隷貿易。東インド会社。アヘン戦争。欧米列強によるアジア支配。


ヨーロッパの人たちは、残忍狡猾、冷酷で、自分勝手。


そんなひどい人たちが世界を支配していた時代が終わってよかったと思った。


そして、社会人になってからは、長いあいだ、歴史から離れていた。本の世界から離れ、自分で世の中を生きた。


そして、40歳の手習い。再び歴史の勉強。


昔、実感の湧かなかった、東インド会社。今、改めて学びなおすアジア植民地化の歴史。


東インド会社に入り、海を渡ってアジアにやってきたヨーロッパの若者たちを思うとき、42歳の私は、大手町や六本木の外資系証券会社のトレーディングルームを思い出す。


海を渡って、お金儲けのためにアジアの果てまでやってきた、白人トレーダーたち。


欧米金融機関で働く彼らにとって、日本という国は、裁定機会に溢れたジューシーな市場であり、日本人顧客はエルドラド、日系金融機関が持っていないデリバティブ商品は、殺しに使う最新兵器だった。


日本にやってきた白人トレーダーの大半は、日本文化や国際親善には、あまり興味がない。変な言葉を話し、変な匂いのする食べ物を食べる東洋人に囲まれ、耐え難い夏の暑さにも耐え、ゴミゴミした町並みでの生活に耐え、長時間労働に耐え、体力と知力を限界まで酷使する。


その代償として、彼らは、本国にいたときと比べ物にならない生活を享受する。豪華な家に住み、若さに不釣合いな巨万の報酬を手にし、世界中のリゾートで休暇を取る。美しい女性を伴侶に娶る。子どもを良い学校に入れる。オークションで素晴らしい絵画を買い、別荘を買う。


お金が、人にとって、どれだけの魅力的なものか。お金のために、人はどこまで、ひたむきに努力を出来るかを、私は自分自身を通じて、そして、出会った他人を通じて、初めて知った。


昔の人たちは、今を生きる私たち以上に、愚かだったわけでも、非道徳的だったわけでもない。


昔、アジアにやってきてお金儲けをした、ポルトガル人、スペイン人、オランダ人、イギリス人、そしてフランス人は、あの白人トレーダーたちと同じ目をした、同じ種類の人間だったのだと思う。ルールの無い場所では、スマートな人は、容赦なく、ボンクラな人のツラの皮を引っぺがしていく。


ボンクラな人は、それがイヤなら自分の力で立ち上がらなければならない。


それは、どんな時代でも、どんな場所でも同じだ。


そのことが、今は、ありありと、自分の実感を通して分かる。


多分、もっと、いろいろな人生体験をしたら、もっと、いろいろな歴史的出来事が、実感として分かるようになるのだと思う。


毛沢東は、中国の歴史書を読むのが趣味だったという。


多分、彼は、一般人とは、まったく違う読み方をしただろう。


実際に権力を持った人と、一度も権力を持った人では、歴史に対する理解力はまるで違ってくるから。


実際に戦争を体験した人と、一度も経験したことのない人では、やはり歴史の理解力が違ってくるだろう。戦争を経験したことのない私には、戦争のこと、軍隊のことは、分からないことが多い。


それでも、少し年を重ねたこと、少しだけ人生経験を増やしたことで、徐々に、歴史を面白いと思うようになってきたことが、うれしい。年を取るって、イヤなことだけど、少しだけ良いこともある。





まあ、全ての